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達筆の少女
秋風が校舎の窓を揺らす十月の午後、私たち書道部は文化祭の準備に追われていた。部室に並べられた作品を見回しながら、部長の田中が首をかしげる。 「おかしいな。作品が一つ多い」 私も含めて部員は十二人。しかし、展示予定の作品は十三点あった。余分... -
8月32日
夏休みも残りわずかとなった8月31日の夕方、僕は近所の公園を歩いていた。宿題に追われる憂鬱さから逃れるため、夕涼みがてら外に出たのだった。住宅街の中にある小さな公園で、普段はほとんど人がいない。滑り台とブランコ、砂場があるだけの、何の変哲も... -
水の声を聞く子
春の引っ越しシーズンに、僕たち家族は古い一戸建てに移り住んだ。築三十年ほどの二階建てで、前の住人が高齢で施設に入ったため、格安で購入できたのだ。父は「掘り出し物だ」と上機嫌だったが、母は最初から何となく気が進まない様子だった。 妹の美咲は... -
再生してはいけない
美咲がそのハンディカムを見つけたのは、進学費用を稼ぐためにアルバイトに明け暮れる忙しい日々の中だった。フリマアプリで「Sony製 ハンディカム 動作確認済み 格安」という商品を見つけた時、値段の安さに目を疑った。定価の十分の一以下。説明文には「... -
返却されなかったレンタルDVD
駅前の商店街の奥まった場所にある「ビデオマックス」は、今時珍しいレンタルビデオ店だった。高校三年生の俺、田中康介は、大学受験の資金稼ぎのためにここでアルバイトをしていた。店長の山田さんは六十代の温厚な男性で、DVDが主流になってからも頑なに... -
3年4組の席順
私立桜丘高等学校3年4組では、毎週月曜日に席替えが行われる。担任の田中先生が「新鮮な気持ちで一週間を始めるため」と言って始めたこの習慣も、もう一年以上続いていた。 しかし、3年4組には暗黙のルールがあった。教室の右側最後列、窓際から二番目の席... -
カーテンの向こう
真理が初めてそれに気づいたのは、秋の夜中だった。 午前三時頃、何かに呼び覚まされるように目を開けると、部屋の窓際で薄い水色のカーテンがゆっくりと揺れているのが見えた。窓は閉まっている。エアコンも止まっている。夜風が入り込む隙間もない。それ... -
😄だけのメッセージ
最初にそのメッセージを受け取ったのは、大学二年生の春だった。 深夜二時過ぎ、レポートの締切に追われて机に向かっていた僕のスマホが、チャットアプリ「LinkTalk」の通知音を鳴らした。見知らぬアカウントからのメッセージだった。プロフィール写真は真... -
子供部屋から聞こえる「おかえり
田中家が新築の家に引っ越してきたのは、桜の咲く頃だった。郊外の住宅地に建つ真新しい二階建ての家は、夫の健司と妻の美穂、そして五歳の娘である花音にとって念願のマイホームだった。共働きの夫婦にとって、健司の母親である祖母のタケ子が同居してく... -
石になったあの子
夕暮れの公園で、ハルキとマナは最後のかくれんぼをしていた。 「もういーかい?」 ハルキの声が、薄暗くなった公園に響く。返事はない。いつものように、マナは最高の隠れ場所を見つけたのだろう。ハルキは苦笑いを浮かべながら、公園の遊具を一つずつ調...