MENU

最後のお客様

レジ

夕方のスーパー「サンライズマート」は、帰宅途中の会社員や主婦で賑わう時間帯だった。私がレジ打ちを始めて3ヶ月。今日も定時の18時まであと30分を切り、ようやく客足が落ち着いてきた。

そろそろ来る時間だ。

毎日必ず夕方17時45分頃に来店する老婦人がいる。長い白髪をきちんとまとめ、黒い上着に黒いスカート、古めかしい革靴を履いている。いつも同じ服装で、いつも同じ商品を買う。

缶詰のツナ缶を2つ、玉ねぎ1個、そして食パン1袋。

レジに持ってくる順番も決まっていて、必ず私のレジを選ぶ。他のレジが空いていても、長蛇の列ができていても、必ず私の列に並ぶ。

「いつもありがとうございます」と声をかけると、彼女はいつも同じ微笑みを浮かべる。しかし一言も話さない。

同僚の美香さんは「気味が悪いよね、あの人」と言うが、私は気にしていなかった。決まった時間に決まった品物を買うだけの静かなお客さん。それだけのことだと思っていた。

今日も17時40分を回り、私はカウンターの時計をちらりと見た。間もなく彼女が来る。

するとその時、店内放送が鳴り響いた。

「お客様にお知らせいたします。本日は電気設備点検のため、18時に閉店させていただきます。ご了承くださいませ」

珍しい。通常は20時まで営業している。急な閉店に、店内にいた客たちが慌ただしくレジに向かってきた。

17時50分。彼女はまだ来ない。

「今日はもう来ないのかな」と思った時、入口のドアが開き、あの黒い服の老婦人がゆっくりと入ってきた。いつもの通り、ツナ缶、玉ねぎ、食パンを手に取り、私のレジに向かってくる。

「すみません、もうすぐ閉店なので急いでください」とマネージャーが彼女に声をかけたが、老婦人は無視して歩み続けた。

レジに並ぶ最後の客として、彼女は商品を置いた。いつもと同じ微笑み。今日も無言だ。

「いつもありがとうございます」私はいつも通り声をかけた。

すると彼女は初めて口を開いた。声は驚くほど若々しく、はっきりとしていた。

「あなたはいつも優しいね。明日も会えるかしら」

意外な言葉に、私は思わず顔を上げた。「はい、また明日」と答える。

会計を済ませた老婦人はゆっくりと店を出ていった。

「長瀬さん、もう閉店だから片付けて」マネージャーに言われ、レジを閉め始めた私は、ふと窓の外に目をやった。老婦人が道路を渡っていく後ろ姿が見える。

「あの人、毎日同じものばかり買うよね」と美香さんが隣で言った。

「うん、ツナ缶と玉ねぎと食パン」

「え?」美香さんが不思議そうな顔をした。「あの人が買うのはいつもキャットフードと猫砂だけよ」

「えっ」私は混乱した。「でも、今日も…」

その時、激しいブレーキ音と悲鳴が聞こえた。窓の外を見ると、道路に人だかりができている。

「ひき逃げだって!」駆け寄った同僚が叫んだ。

翌日、地元紙にその事故のことが載っていた。被害者は80歳の女性。私は写真を見て凍りついた。昨日まで私のレジに並んでいた老婦人だった。

記事によれば、彼女は一人暮らしで、飼い猫の世話が生きがいだったという。そして、事故があったのは昨日の17時45分。私がレジで彼女を見た時間と重なる。

あれから一週間が経った。夕方17時45分、レジに並ぶ客が少なくなった頃、またあの黒い服の老婦人が入ってきた。手には、ツナ缶、玉ねぎ、食パン。

私のレジに並び、いつもの微笑みを浮かべている。

「いつも…ありがとうございます」

震える声で言うと、彼女はこう答えた。

「あなただけが私に気づいてくれる。だから、あなたのレジにしか並べないの」