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複写される影

残業が長引き、オフィスには私一人だけが残っていた。資料の作成が終わり、あとはクライアントへの提出書類をコピーするだけ。時計は午後11時を指していた。

普段なら昼間に済ませる作業だが、明日の朝一番のミーティングに間に合わせるには今夜中に終わらせるしかなかった。

オフィスの奥にあるコピー室に向かう。廊下の照明は省エネのため半分しかついておらず、薄暗い。コピー室に入ると、大型コピー機が静かに佇んでいた。このコピー機は最近導入された新型で、社内では「優秀だが気まぐれ」と評判だった。

電源ボタンを押し、ウォームアップを待つ。普段なら周囲の話し声やプリンターの音で気にならないが、深夜の静寂の中では、コピー機の起動音が異様に大きく聞こえた。

資料をセットし、コピー開始ボタンを押す。機械が唸りを上げ、紙を取り込んでいく。

一枚目が出てきた。見ると、私の手の影が資料の上に写り込んでいた。コピーのセット位置がずれたのだろう。やり直そうとコピーを手に取った瞬間、違和感があった。

影の形が少し違う。私の手は五本の指を広げていたはずだが、コピーに写った影は握りこぶしのようだった。

「変なところで写ったのかな」

気にせず再度コピーを取る。今度は影が写らないよう、資料をセットし直した。

二枚目が出てきた。今度は綺麗にコピーされていた。ほっとして次の資料をセットしようとした時、コピー機が突然動き出した。

誰も操作していないのに、コピー機は自動的にスキャンを始めた。「故障か?」と思いながら、出てきた紙を見た。

そこには、背後に人が立っている私の姿が写っていた。

振り返る。部屋には私しかいない。冷や汗が背筋を伝った。再び紙を見ると、背後の人影はより鮮明になっていた。顔はぼやけているが、黒いスーツを着た人のようだ。

「いたずらか?」と思ったが、このフロアには確かに私しかいなかった。セキュリティカードがなければ入れないはずだ。

慌ててコピー機の電源を切ろうとしたが、ボタンが反応しない。そして、また一枚紙が出てきた。

今度のコピーでは、黒いスーツの人が私の肩に手を置いていた。その手は異様に長く、指が伸びている。顔はまだぼやけているが、口だけが大きく開いているように見えた。

恐怖で足が震え始めた。コピー機のコンセントを引き抜こうと背後に回り込む。その瞬間、コピー機がまた動き出し、強烈なフラッシュが光った。

「何が起きてるんだ!」

叫びながらコンセントを引き抜いた。しかし、電源が切れてもコピー機は動き続けていた。そして、またコピーが一枚排出された。

そのコピーには、私の顔がアップで写っていた。しかし、目が墨で塗りつぶされたように真っ黒だった。

気味が悪くなり、部屋を出ようとドアに向かった。が、ドアが開かない。さっきまで開いていたはずなのに、まるで外から鍵をかけられたようだ。

「誰かいませんか!」

声を上げても、応答はない。その時、コピー機からまた紙が出てきた。恐る恐る見ると、そこには文字が印刷されていた。

「次はあなたの番」

その瞬間、コピー機のスキャナー部が大きく開き、まばゆい光が部屋を満たした。目を細めながらも、その光源を見ると、スキャナーの奥に何かがあった。

別の空間が広がっているように見えた。そこには無数の人影が立ち尽くしていて、全員がこちらを見ている。そして、その中から一人が手を伸ばしてきた。

私は後ずさった。だが、コピー機の上に置いていた私の影が、ゆっくりと立ち上がり始めた。平面だった影が、徐々に立体になっていく。そして、私と同じ姿になった。

その「私」は、本物の私とは違い、目が墨で塗りつぶされたように真っ黒だった。

「何を…」

言葉が喉につまる。影の「私」が口を開いた。

「交代の時間です」

その言葉と同時に、私の体が硬直した。まるで紙のように薄く、平らになっていく感覚。「私」は微笑みながら、コピー室のドアを開け、外に出て行った。

気がつくと、私はコピー機のスキャナーの中にいた。ガラス越しに見える部屋は元のコピー室だが、何かが違う。そして、新しい「私」が同僚たちと談笑している姿が見えた。誰も違和感を持っていないようだ。

時々、誰かがコピーを取りに来る。その度に、私は無数の複製と共に、この狭い空間で息を潜めている。そして、次の犠牲者を待っている。

夜遅くに一人でコピーを取る人を。