夜中の2時、私はリビングのソファでうたた寝をしていた。仕事の疲れが溜まり、ベッドまで行く気力もなかったのだ。テレビは消えているが、スマホの画面がうっすらと明かりを放っている。ふと目を覚ました瞬間、違和感があった。
リビングの空気が妙に重い。さっきまで何も感じなかったのに、今はまるで誰かの視線を感じる。私は身じろぎもせず、静かに耳を澄ませた。
――カタッ。
キッチンの方から、小さな音がした。食器が揺れるような、微かな音だ。だが、窓もドアも閉めているし、風が吹き込むことはありえない。私はそっと顔を上げ、暗闇の中に目を凝らした。
キッチンのカウンター越しに、何かがいる。
ぼんやりとした影のようなものが、ゆっくりと動いているのが見えた。心臓がドクンと跳ねる。反射的にスマホを手に取り、画面の明かりをキッチンに向けた。だが、そこには何もいない。気のせいか――。そう思い直し、息を整えようとした瞬間。
「……ねぇ」
背後から、かすかな声がした。
血の気が引く。声は私のすぐ後ろから聞こえた。リビングには私しかいないはずなのに。振り向くべきか、いや、振り向いてはいけない。直感がそう告げていた。
「ねぇ、見てるでしょ」
ゾワッと鳥肌が立つ。背中に冷たい空気が張り付いたような感覚。私はスマホの画面を握りしめたまま、必死に動かないようにしていた。しかし、次の瞬間――肩に、何かが触れた。
耐えきれず、私は勢いよく立ち上がった。振り返った先には――誰もいない。
息が荒くなる。だが、何かがおかしい。部屋の様子が、ほんのわずかに違う。さっきまでテーブルの上に置いてあったはずのリモコンが床に落ちている。いや、それだけじゃない。壁に掛けていたはずの時計が、数センチずれている。
まるで、誰かがこの部屋の中を歩き回っていたように。
私はリビングの電気をつけた。明るくなった空間は、普段と変わらない。けれど、違和感は消えなかった。怖くなり、私はベッドへ逃げるように向かった。
そして翌朝、起きてすぐリビングへ行った私は、そこで絶句した。
テーブルの上に、濡れた手形が残っていた。