この部屋に引っ越してきたのは、ちょうど一週間前のことだった。古いけれど広めの1LDKで、家賃も手頃だった。唯一気になるのは、寝室にある大きな押し入れ。ふすまが古びていて、どこか不気味だった。
「まあ、使わなければいいか」
そう思い、私は押し入れを物置にすることにした。滅多に開けることもないだろう。
だが、引っ越して三日目あたりから、夜になると妙なことが起こり始めた。寝る前に消したはずの電気がついていたり、キッチンの椅子の位置が少しずれていたり。疲れのせいだろうと思っていたが、五日目の夜、決定的なことが起こった。
深夜2時。私はふと目を覚ました。部屋は暗く、カーテンの隙間からわずかに街灯の明かりが漏れている。寝返りを打とうとした瞬間、違和感を覚えた。
――押し入れのふすまが、少し開いている。
寝る前に閉めたはずなのに。喉がカラカラに乾く。風かもしれない、そう思おうとしたが、窓は閉まっているし、部屋に風が通るはずもない。
目を凝らすと、押し入れの奥が妙に暗い。いや、違う。「奥」があるように見える。普段はただの壁だったはずなのに、今はさらに奥へと続く闇が広がっている気がした。
その時だった。
押し入れの奥から、「ガサ…ガサ…」と、小さな音が聞こえた。何かが動いている。動物のような、でもそうではない、湿った音。息を殺し、目を閉じようとした。見なければ、何も起こらないかもしれない。
だが、次の瞬間――「キィ…」と、ふすまがさらに数センチ開いた。
心臓が凍りついた。押し入れの闇が、まるで生きているかのように、じわじわと部屋に染み出してくる気がする。そして、闇の奥で「何か」が、こちらを見ているのが分かった。
見えないはずなのに、「いる」と分かる感覚。頭の中で誰かが囁くような、嫌な感覚が襲う。
その時――「トン」
押し入れの中から、小さな音がした。まるで、誰かがふすまの内側を叩いたような音。
もう耐えられなかった。布団を頭までかぶり、必死に目を閉じた。何も聞こえない、何も見えない。そう思い込もうとした。
どれくらいそうしていたのか分からない。気づけば朝になっていた。押し入れは、いつの間にか元のように閉まっている。あれは夢だったのか? そう思いたかった。
だが、私は見てしまった。押し入れのふすまの下に、長い髪の毛が一本、挟まっているのを。
私は一人暮らしのはずなのに。