深夜の帰り道、私は人気のない道路を歩いていた。終電を逃してしまい、タクシーを使うのももったいなくて、自宅まで歩くことにしたのだ。とはいえ、街灯はところどころしかなく、静まり返った道は妙に心細い。
スマホで音楽でも聴こうかとポケットに手を突っ込んだとき、ふと背後から「コツ、コツ」と靴音が聞こえた。誰かがついてくるような音だ。
反射的に振り返る。しかし、そこには誰もいない。
気のせいだろうか。少し神経質になっているのかもしれない。私は気を取り直して歩き出した。
だが、数メートル進んだところで、また「コツ、コツ」と足音が響く。今度ははっきりと聞こえた。まるで私と同じ歩幅で、同じペースで歩いているかのように。
再び振り向く。しかし、やはり誰もいない。
さすがに気味が悪くなり、私は足早に歩き始めた。スマホを握りしめ、何かあったらすぐに連絡できるようにする。だが、歩くスピードを上げると、それに合わせるかのように足音も速くなる。
「……っ!」
ゾクリとした悪寒が背筋を走る。これは、ただの偶然ではない。私を追いかけている「何か」が、すぐ背後にいる。
私は思い切って走り出した。夜の道路を全力で駆け抜ける。背後の足音も激しくなった。「コツ、コツ、コツ、コツ!」音が私を追い詰めるように響く。心臓が爆発しそうなほど高鳴り、汗が背中を伝った。
――あと少しで、大通りに出る。
そこまで行けば、コンビニもあるし、人の気配もあるはずだ。私は必死で走り続けた。
そして、大通りに飛び出した瞬間――足音はピタリと止んだ。
肩で息をしながら、ゆっくりと振り返る。そこには、誰もいない。ただ、薄暗い道が静かに続いているだけだった。
「……気のせい、だったのか?」
安堵し、コンビニへ向かおうとしたそのとき。
「――なんで逃げるの?」
耳元で、囁く声がした。
私は反射的に叫び、振り向いた。だが、そこには何もいない。ただ、道路の向こう側に、何か黒い影のようなものが立っている気がした。
目を凝らすと、それはゆっくりと後ずさるように、闇の中へと消えていった。
私は震える手でスマホを取り出し、無意識のうちに友人に電話をかけていた。
結局、その夜は友人の家に泊まり、翌朝になってから自宅へ戻った。
だが、それ以来、夜道を歩くと、どこからか足音がついてくる気がする。
そして、時々――耳元で「なんで逃げるの?」と囁く声が聞こえるのだ。