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消えない貼り紙

廊下と掲示板

放課後の廊下は、いつもの喧騒が嘘のように静まり返っていた。部活動に参加していない私は、図書室で宿題を済ませた後、一人で校舎を歩いていた。夕日が窓から差し込み、長い影が床に伸びている。

三階の廊下を歩いていると、掲示板に見慣れない貼り紙が目に入った。いつもなら学校行事の案内や部活動の募集要項が貼られているはずなのに、今日は違っていた。

白い紙に黒いマジックで書かれた文字。字体は丁寧で、まるで習字で書いたかのような美しさだった。

「行ってはいけない教室があります」

たったそれだけの文章。署名もなければ、日付もない。どの教室のことを指しているのかも書かれていない。私は首をかしげながら、その貼り紙をじっと見つめた。誰がこんなものを貼ったのだろう。悪質な悪戯だろうか。

翌朝、学校に着いてすぐに廊下の掲示板を確認した。昨日の貼り紙は跡形もなく消えていた。やはり悪戯だったのだろう。先生が撤去したに違いない。

しかし、放課後になって再び廊下を通ると、同じ場所に同じ貼り紙が現れていた。昨日と全く同じ字体、同じ文章。まるで昨日の記憶をそのまま再現したかのようだった。

「また誰かが貼ったのかな」

私は呟きながら、改めて貼り紙を見た。紙の材質も、マジックの色も、全て昨日と同じ。不思議だった。

三日目の放課後、私は期待と不安を胸に廊下へ向かった。案の定、貼り紙は現れていた。しかし、今度は文章が変わっていた。

「行ってはいけない教室があります。それは三階の一番奥の教室です」

具体的な場所が示されていた。三階の一番奥といえば、確か使われていない古い教室があったはずだ。何年も前から物置として使われていて、普段は鍵がかかっている。

四日目、貼り紙はさらに詳しくなっていた。

「行ってはいけない教室があります。それは三階の一番奥の教室です。夜中に誰かがそこにいます」

背筋に冷たいものが走った。夜中に誰かがいる?学校には夜警がいるはずだが、その教室を巡回しているのだろうか。それとも、不法侵入者がいるということなのか。

五日目。

「行ってはいけない教室があります。それは三階の一番奥の教室です。夜中に誰かがそこにいます。その人は昼間の学校にいた人です」

昼間の学校にいた人?つまり、生徒か教師ということだろうか。なぜその人が夜中に学校にいるのか。私の好奇心は日に日に膨らんでいった。

六日目の放課後、私は友人の田中に相談してみた。

「ねえ、三階の掲示板の貼り紙、見たことある?」

「掲示板?どの掲示板?」

「三階の廊下の、いつも学校の案内が貼ってあるところ」

田中は首を振った。

「特に変わったものは見てないけど。どうしたの?」

私は詳しく説明したが、田中は信じてくれなかった。一緒に見に行こうと提案したが、田中は部活があるからと断られた。

七日目、私は一人で三階の廊下に向かった。掲示板の前に立つと、新しいメッセージが待っていた。

「行ってはいけない教室があります。それは三階の一番奥の教室です。夜中に誰かがそこにいます。その人は昼間の学校にいた人です。その人はもう帰ることができません」

帰ることができない?意味が分からなかった。しかし、メッセージは明らかに警告のトーンを強めていた。

八日目。

「行ってはいけない教室があります。それは三階の一番奥の教室です。夜中に誰かがそこにいます。その人は昼間の学校にいた人です。その人はもう帰ることができません。その人は助けを求めています」

助けを求めている?私は混乱した。これは悪戯なのか、それとも本当に誰かが困っているのか。もし本当なら、私は何をすべきなのだろうか。

九日目の放課後、私は意を決して三階の一番奥の教室に向かった。廊下の電気は消されていて、薄暗い中を歩いていく。教室の前に着くと、確かに古い木製のドアがあった。ドアには小さな窓がついていて、中を覗くことができた。

恐る恐る窓から中を見ると、教室は薄暗く、机や椅子が雑然と積まれていた。特に変わったものは見えなかった。ドアノブを回してみたが、やはり鍵がかかっていた。

十日目、貼り紙は私の予想を超えた内容になっていた。

「行ってはいけない教室があります。それは三階の一番奥の教室です。夜中に誰かがそこにいます。その人は昼間の学校にいた人です。その人はもう帰ることができません。その人は助けを求めています。その人は山田優子です」

山田優子。それは私の名前だった。

私は愕然として貼り紙を見つめた。手が震え、足がすくんだ。なぜ私の名前が?これは明らかに私を狙った悪戯だった。誰が私にこんなことをするのか。

慌てて貼り紙を剥がそうとしたが、紙は掲示板にしっかりと貼り付いていて、びくともしなかった。まるで掲示板と一体化しているかのようだった。

その夜、私は眠ることができなかった。なぜ私の名前が書かれたのか。誰が私のことを知っているのか。様々な疑問が頭の中を駆け巡った。

翌朝、学校に着くとまず掲示板を確認した。貼り紙は消えていた。しかし、午後の授業中に廊下を通った時、再び貼り紙が現れているのを見つけた。

今度の内容は、さらに恐ろしいものだった。

「山田優子さん、あなたはもうここから出ることはできません。放課後、三階の一番奥の教室で待っています」

私は血の気が引いた。これは脅迫だった。しかし、誰が、なぜこんなことを?

放課後になっても、私は教室を出ることができなかった。友人たちが帰っていく中、私だけが机に座り続けていた。しかし、やがて教室には私一人だけになってしまった。

意を決して廊下に出ると、案の定、三階の掲示板に新しいメッセージが現れていた。

「山田優子さん、なぜ来ないのですか。私はずっと待っています。今夜、必ず来てください」

私は震え上がった。もう限界だった。明日、先生に相談しよう。そう決心して家に帰った。

しかし、その夜の夢で、私は三階の一番奥の教室にいた。薄暗い教室で、誰かが私を呼んでいた。振り返ると、そこにいたのは鏡に映った私自身だった。

鏡の中の私は言った。

「山田優子、あなたは既にここにいる。あなたが毎日見ている貼り紙は、あなた自身が書いているのよ」

目が覚めると、私の手には黒いマジックが握られていた。そして、机の上には白い紙と、美しい字体で書かれた文章があった。

「行ってはいけない教室があります。それは三階の一番奥の教室です。夜中に誰かがそこにいます。その人は昼間の学校にいた人です。その人はもう帰ることができません。その人は助けを求めています。その人は山田優子です。山田優子さん、あなたはもうここから出ることはできません」

私は自分自身に警告していたのだった。しかし、何から逃れようとしていたのか、それは今でも分からない。ただ、毎日放課後になると、私は三階の廊下に向かい、掲示板に新しいメッセージを貼り続けている。

そして今日も、誰かがその貼り紙を見つけるのを、私は静かに待っている。