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深夜2時に何度も来る配達員

宅配便

最初にインターホンが鳴ったのは、三週間前の火曜日だった。

私は一人暮らしを始めて二年になる。新卒で入った会社の残業が多く、家に帰るのはいつも夜遅い。その日も午後十一時過ぎに帰宅し、シャワーを浴びてからパソコンで動画を見ていた。深夜二時を回った頃、突然玄関のインターホンが鳴った。

こんな時間に誰だろう。モニターを見ると、作業着を着た中年の男性が立っている。手には茶色い紙袋を持っていた。

「お疲れ様です。宅配です。お荷物をお届けに上がりました」

男の声は低く、どこか機械的だった。しかし、私には心当たりがない。最近ネット通販で何かを注文した覚えはなかった。

「すみません、荷物を頼んだ覚えがないんですが」

「田中様のお荷物です。確かにこちらの住所になっております」

私の苗字は確かに田中だが、それでも違和感があった。こんな深夜に配達なんてあるだろうか。

「申し訳ないんですが、今日は受け取れないので、不在票を入れておいてください」

男はしばらく黙っていたが、やがて「承知いたしました」と答えて立ち去った。翌日、ポストを確認したが不在票は入っていなかった。

それから一週間後、また同じ時間にインターホンが鳴った。モニターを見ると、同じ男が同じ紙袋を持って立っている。

「お疲れ様です。先日お届けできなかったお荷物です」

今度は少し苛立ちを隠せなかった。

「ですから、私は何も注文していません。どちらの会社の方ですか?」

「申し訳ございません。田中様のお荷物で間違いありません」

男は会社名を答えなかった。私は玄関には近づかず、モニター越しに対応を続けた。

「荷物の送り主は誰ですか?何が入っているんですか?」

「個人情報のため、お答えできません。受け取っていただければ」

「受け取りません。帰ってください」

男はまた黙り込んだ。そして今度は「また伺います」と言って去って行った。やはり不在票はなかった。

三回目は翌週の木曜日。同じ時間、同じ男、同じ紙袋。今度は私も慣れたもので、インターホン越しにきっぱりと断った。

「何度も来られても困ります。私は荷物を注文していません。違う住所ではないですか?」

「田中様でお間違いありません」

「では送り主に連絡して、間違いだと伝えてください」

「承知いたしました」

男は素直に引き下がったが、やはり不在票はなかった。

四回目、五回目と続いた。毎回同じやり取り。私は次第に恐怖を感じるようになった。なぜこの男は同じ時間に来るのか。なぜ不在票を置かないのか。なぜ会社名を言わないのか。

六回目の夜、私は決意した。今度は玄関に近づかず、居留守を使うことにした。午前二時、予想通りインターホンが鳴った。私は息を殺してリビングのソファーに座っていた。

インターホンが何度も鳴る。男の声が聞こえた。

「田中様、お荷物です。在宅されているのは分かっております」

背筋が凍った。なぜ在宅していることが分かるのか。

「田中様、受け取ってください。大事なお荷物です」

声は次第に焦りを帯びてきた。私は身動きが取れなかった。

十分ほど経って、ようやく静かになった。ほっとして立ち上がろうとしたその時、リビングの窓の向こうに人影が見えた。

男がこちらを見ていた。

二階の部屋なのに、なぜそこにいるのか。ベランダには上がれないはずだ。男は窓越しに私を見つめ、紙袋を振って見せた。その表情は暗闇でよく見えなかったが、口元が異様に歪んでいるように見えた。

私は慌てて警察に電話した。パトカーが来た時、男の姿はもうなかった。警察官は「いたずらでしょう」と言ったが、ベランダの手すりには明らかに誰かが登った痕跡があった。

翌日、私は会社を休んで引っ越しの準備を始めた。もうこの部屋にはいられない。不動産屋に連絡し、新しい物件を探した。

引っ越しの当日、荷物をまとめていると、押し入れの奥から一つの紙袋が出てきた。見覚えのない茶色い紙袋。男が持っていたものと全く同じだった。

恐る恐る中を見ると、写真が入っていた。私の写真だった。家に帰る様子、部屋で過ごす様子、寝ている様子。いつ撮られたものか分からない無数の写真。そして一番下に手紙があった。

「田中様、いつも荷物を受け取っていただけず残念です。でも大丈夫です。新しい住所も知っています。今度は必ず受け取ってくださいね。また午前二時にお伺いします」

手紙に新しいマンションの住所が書かれていた。まだ誰にも教えていない住所が。

その夜、新しい部屋で過ごしていると、午前二時きっかりにインターホンが鳴った。モニターを見ると、あの男が立っていた。今度も同じ紙袋を持って。

「お疲れ様です。お引っ越しされたんですね。お荷物をお届けに上がりました」

男の顔が今度ははっきりと見えた。それは私の顔だった。全く同じ顔をした男が、私を見つめて笑っていた。

私は気がついた。毎晩午前二時に来る配達員は、私自身だったのだ。いつから私は二人になったのか。いつから私は自分に荷物を届けに行くようになったのか。

紙袋の中身は、もう一人の私が撮った写真。もう一人の私からの手紙。もう一人の私からの贈り物。

インターホンが鳴り続けている。外の私が待っている。私は震える手でドアノブに手をかけた。受け取らなければ、きっと永遠に続く。毎晩、午前二時に。

ドアを開けると、そこには何もなかった。ただ茶色い紙袋だけが床に置かれていた。中を見ると、今度は空だった。代わりに小さなメモが一枚。

「次はあなたが配達する番です」

私は気がつくと、作業着を着て紙袋を持っていた。時計を見ると午前一時五十八分。もうすぐ配達の時間だ。今度は私が誰かのインターホンを押す番だった。