😄だけのメッセージ

最初にそのメッセージを受け取ったのは、大学二年生の春だった。

深夜二時過ぎ、レポートの締切に追われて机に向かっていた僕のスマホが、チャットアプリ「LinkTalk」の通知音を鳴らした。見知らぬアカウントからのメッセージだった。プロフィール写真は真っ黒で、名前は「null」。

メッセージの内容は、たった一つの絵文字だけだった。

「😄」

僕は首をかしげた。誰だろうか。間違いメッセージかもしれない。とりあえず無視して、レポートの続きを書いた。

翌日の夜、また同じ時間に同じアカウントから同じメッセージが届いた。

「😄」

今度は気味が悪くなって、そのアカウントをブロックしようとした。しかし、なぜかブロック機能が働かない。アカウントページを開こうとしても、エラーが表示されるだけだった。

三日目、四日目、五日目…毎晩午前二時十三分ちょうどに、必ず「😄」が届いた。既読をつけても返事をしても、相手からの反応は一切ない。既読マークすら表示されない。まるで僕のメッセージが虚空に消えているかのようだった。

一週間が過ぎた頃、友人の田中から連絡があった。

「おい、変なメッセージ来てない？絵文字だけの」

「来てる。😄だろ？」

「そうそう。毎晩同じ時間に。気持ち悪いよな」

田中も同じ状況だった。調べてみると、僕たちの友人グループの中で、佐藤、山田、鈴木も同じメッセージを受け取っていることがわかった。皆、同じ「null」というアカウントから、毎晩午前二時十三分に「😄」が送られてきていた。

「集団イタズラじゃないか？」佐藤が言った。

「でも、誰がやってるんだ？」山田が首をひねった。

僕たちは犯人を探そうとしたが、心当たりはなかった。共通の知人を洗い出しても、こんなことをしそうな人物は思い浮かばない。

二週間目に入った頃、異変が起きた。

田中から連絡が来なくなったのだ。授業にも来ない。心配になって彼のアパートを訪ねると、大家さんが青ざめた顔で教えてくれた。

「昨夜、階段から落ちて…意識不明なんです」

病院で田中に面会した。彼は生きていたが、頭部に重傷を負い、意識を回復する見込みは不明だった。医師によると、深夜に一人で階段を降りていて転落したらしい。なぜ夜中に外出していたのかは不明だった。

そして、田中の事故があった日を境に、彼への「😄」メッセージは止まった。

残された僕たちは動揺した。偶然だと思いたかったが、なぜか嫌な予感がした。

三日後、佐藤が交通事故に遭った。深夜、一人で歩いているところを車に轢かれたのだ。幸い軽傷だったが、彼は事故の瞬間のことを覚えていなかった。

「なんで夜中に外にいたんだろう…全然思い出せない」

佐藤への「😄」メッセージも、事故の日を境に止まった。

山田は恐怖で震えていた。

「これ、絶対におかしいよ。メッセージと事故、関係あるって」

「そんなバカな」僕は否定したが、内心では同じことを考えていた。

四日後、山田も姿を消した。彼のアパートには誰もいなく、携帯にも繋がらない。警察に届け出たが、成人だから捜索は後回しだと言われた。

そして、山田への「😄」メッセージも止まった。

残されたのは、僕と鈴木だけだった。

「逃げよう」鈴木が提案した。「実家に帰る。距離を置けば、なんとかなるかもしれない」

鈴木は翌日、故郷の九州に帰った。だが、その夜も彼のスマホには「😄」が届いた。距離は関係なかった。

三日後、鈴木から最後の電話があった。

「助けて…何かがおかしい。体が勝手に動く。外に出ようとしてる。止められない…」

電話は途切れた。翌朝、鈴木は自宅近くの川で溺死体で発見された。

そして、鈴木への「😄」メッセージも止まった。

残されたのは、僕だけだった。

毎晩午前二時十三分に届く「😄」。僕はもう恐怖で眠れなくなった。アプリを削除しても、スマホを変えても、必ず新しい端末にメッセージが届いた。

ある晩、僕は意を決してメッセージに返信した。

「お前は何者だ？なぜ俺たちを…」

すると、初めて返事があった。

「😄😄😄😄😄」

五つの絵文字。友人たちの数だった。

そして、その下に新しいメッセージが続いた。

「みんな、楽しそうだった。笑顔になってくれた。最後まで、ずっと笑顔で😄」

僕は背筋が凍った。友人たちの事故や死の瞬間を思い出そうとしたが、誰も詳しい状況を教えてくれなかった。でも、もしかして…

「君も、笑顔になってくれる？」

メッセージはまだ続いていた。

「みんな、最後はとても楽しそうだった。満面の笑みで、手を振ってくれた。君も、そうなってくれる？」

僕は震えながらスマホを放り投げた。だが、通知音は鳴り続けた。

「😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄」

画面が絵文字で埋め尽くされていく。

午前二時十三分。いつものメッセージの時間だった。

だが、今夜は違った。僕のスマホだけでなく、部屋のテレビ、パソコン、すべての画面に「😄」が表示されている。

そして、僕の体に異変が起きた。

口の端が、勝手に上がっていく。

意識とは関係なく、顔面の筋肉が収縮して、笑顔を作っていく。

「やめろ…」

僕は必死に抵抗したが、体は言うことを聞かない。足が勝手に動き出し、玄関に向かう。

ドアを開けると、外の世界が見えた。深夜の街に、人影がいくつも見えた。

田中、佐藤、山田、鈴木…

みんな、満面の笑みを浮かべて、僕に手を振っていた。

「😄😄😄😄😄」

僕の口から、声にならない笑い声が漏れた。

体が勝手に外に向かう。意識ははっきりしているのに、体は全く制御できない。

友人たちが僕を迎えに来てくれた。みんな、とても楽しそうだ。

僕も、とても楽しくなってきた。

きっと、みんなで一緒に、どこか素敵な場所に行くのだろう。

「😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄😄」

翌朝、僕のアパートの近くで、身元不明の男性が笑顔のまま事故死しているのが発見された。

不思議なことに、被害者のスマホには奇妙なチャットアプリが残されていた。

「LinkTalk」というアプリで、最後のメッセージは午前二時十三分に送信された「😄」だった。

送信者は「null」。

だが、警察が調べても、そのアカウントは存在しなかった。

そして今夜も、どこかで新しいユーザーが「😄」を受け取っている。

毎晩午前二時十三分に。

既読がつくことなく。

楽しい仲間を探しながら。