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3年4組の席順

教室

私立桜丘高等学校3年4組では、毎週月曜日に席替えが行われる。担任の田中先生が「新鮮な気持ちで一週間を始めるため」と言って始めたこの習慣も、もう一年以上続いていた。

しかし、3年4組には暗黙のルールがあった。教室の右側最後列、窓際から二番目の席だけは、絶対に誰も座ってはいけない。その席には常に空の机と椅子だけが置かれ、まるで透明な生徒がそこに座っているかのように扱われていた。

「なんで?」と転校してきたばかりの佐藤が聞いたとき、クラスメイトたちは顔を見合わせて黙り込んだ。

「昔から、そういう決まりなんだ」と委員長の山田が答えた。「その席に座った人は…変になる」

「変って?」

「人が変わるんだよ。性格も、話し方も、全部」

佐藤は鼻で笑った。「迷信じゃん。21世紀にもなって」

しかし、クラスの誰もが佐藤の言葉に同意しなかった。彼らは知っていた。一年前に起きたことを。

あれは秋の終わり、肌寒い月曜日のことだった。くじ引きで席を決める際、いつものように問題の席は除外されるはずだった。しかし、担任の田中先生がうっかり全ての席番号を箱に入れてしまった。

くじを引いたのは、鈴木美咲だった。普段は大人しく、読書が好きな文学少女。彼女が「23番」と書かれた紙を見せたとき、教室は静まり返った。

「先生、これは…」と山田が言いかけたが、田中先生は首を振った。

「迷信に惑わされてはいけません。きちんとくじで決まった以上、美咲さんにはその席に座ってもらいます」

美咲は困惑した表情を浮かべながらも、素直にその席へ向かった。机に座ると、なぜか急に教室の温度が下がったような気がした。

最初の変化は、その日の午後に現れた。

「ねえ、美咲ちゃん」親友の田村が話しかけると、美咲は振り返った。しかし、その目は普段の美咲とは違っていた。冷たく、どこか遠くを見ているような目だった。

「美咲ちゃん?」

「…何?」

声も違った。普段の美咲の優しい声音ではなく、どこかぞんざいで、まるで田村を見下しているような口調だった。

「いや、何でもない…」田村は戸惑いながら自分の席に戻った。

翌日、美咲の変化はより顕著になった。いつもなら朝の挨拶を欠かさない彼女が、誰に声をかけられても無視した。授業中も、普段なら熱心にノートを取る美咲が、窓の外をぼんやりと眺めているだけだった。

「美咲、大丈夫?」と田村が心配そうに声をかけると、美咲はゆっくりと振り返った。

「私に話しかけるな」

その言葉は氷のように冷たく、田村の心を凍らせた。これは美咲ではない。見た目は美咲だが、中身は完全に別人だった。

三日目。美咲は学校に来ると、いつもの制服ではなく、なぜか古めかしいセーラー服を着ていた。しかも、それは桜丘高校の制服ではなく、何十年も前に廃止された旧制服だった。

「美咲、その制服…」とクラスメイトが指摘すると、美咲は振り返って言った。

「これが正しい制服よ。あなたたちの方がおかしいの」

その日の美咲は、休み時間中ずっと一人で何かをつぶやいていた。近づいて聞いてみると、それは古い歌だった。学校の校歌でもなく、誰も知らない古い歌を、美咲は小さな声で繰り返し歌っていた。

四日目。美咲の顔つきまで変わり始めた。いつもの穏やかな表情は消え、代わりに険しく、どこか恨めしそうな表情を浮かべるようになった。髪型も変えていた。普段のポニーテールをやめ、後ろで一つにまとめた古風な髪型にしていた。

そして五日目、金曜日。

美咲は学校に来ると、問題の席に座った後、立ち上がって黒板に向かった。そしてチョークを手に取り、何かを書き始めた。

『私の名前は井上雅子』

クラス全員が息を呑んだ。美咲が書いた文字は、彼女の普段の丁寧な文字ではなく、古風で癖のある文字だった。

『昭和45年、この席で死にました』

田中先生が慌てて美咲を止めようとしたが、美咲はゆっくりと振り返った。

「先生、私は雅子です。美咲という子はもういません」

その瞬間、教室の温度がさらに下がった。美咲の顔は青白く、目だけがぎらぎらと光っていた。

「50年間、この席で待っていました。やっと、代わりの人が来てくれた」

美咲の口から出る言葉は、もはや彼女のものではなかった。それは50年前に死んだ少女、井上雅子の言葉だった。

その日の放課後、田中先生は慌てて学校の資料を調べた。そして恐ろしい事実を発見した。昭和45年、確かに井上雅子という生徒がこの学校にいた。そして彼女は3年4組の、まさにあの席で急死していた。心臓発作だった。

月曜日、美咲は学校に来なかった。火曜日も、水曜日も。心配になった田村が美咲の家に様子を見に行くと、美咲の母親が泣きながら言った。

「美咲が…美咲がいなくなってしまったの。体はあるのに、心が…」

美咲は家でも雅子として振る舞い、家族のことを認識しなくなっていた。現代の生活にも適応できず、昭和45年の記憶だけで生きていた。

専門医に診てもらったが、医師にも理解できない症状だった。記憶の混乱や人格の分裂とは明らかに違う。美咲という人格そのものが消えてしまい、代わりに50年前の少女の人格が宿っているように見えた。

そして一ヶ月後、美咲は精神病院に入院した。

それ以来、3年4組ではあの席に座る者は誰もいない。机と椅子は撤去され、その場所にはただ空間があるだけ。しかし、クラスメイトたちは時々感じることがある。まるで誰かがそこに座っているような気配を。

そして時々、古い歌声が聞こえてくる。昭和の時代の、誰も知らない歌を歌う少女の声が。

今年、3年4組には新しい転校生がやってきた。佐藤という少年だ。彼は迷信を信じず、空いている場所があるなら座りたいと言っている。

クラスメイトたちは必死に止めようとするが、佐藤は聞く耳を持たない。

「美咲先輩のことなら知ってるよ。でも、それは単なる偶然だ。科学的根拠なんてない」

月曜日の席替えが近づいている。担任の田中先生は、今度こそくじ引きから問題の席番号を除外することを約束した。

しかし佐藤は、自分でその席を選ぼうとしている。

「僕が証明してやるよ。そんな呪いなんて存在しないって」

クラスの誰もが震え上がった。そして、窓の外から聞こえてくる古い歌声が、いつもより大きく響いていることに気づいた。

まるで雅子が、新しい「代わり」を待っているかのように。