美咲がそのハンディカムを見つけたのは、進学費用を稼ぐためにアルバイトに明け暮れる忙しい日々の中だった。フリマアプリで「Sony製 ハンディカム 動作確認済み 格安」という商品を見つけた時、値段の安さに目を疑った。定価の十分の一以下。説明文には「引っ越しのため急いで処分したい」とあり、出品者の評価も悪くない。
商品が届いたその日の夜、美咲は自分の部屋でハンディカムの動作確認をした。液晶画面の映りも良く、録画機能も問題ない。内蔵メモリを確認すると、一つだけファイルが残っていた。「HOME_VIDEO_001.mp4」という名前で、サイズは約30分。
削除しようとボタンを押すと、「このファイルは削除できません」というエラーメッセージが表示された。何度試しても同じだった。仕方なく、美咲はファイルを再生してみることにした。
映像は何の変哲もない家庭のリビングだった。茶色いソファ、木製のテーブル、壁に掛けられた家族写真。誰かの家の日常風景が、固定カメラで淡々と記録されているだけ。特に変わったことは起こらない。美咲は途中で飽きて、再生を止めた。
それから一週間、美咲はハンディカムを使って学校行事の録画をしたり、友達との思い出を残したりしていた。あの削除できないファイルのことは、すっかり忘れていた。
ある夜、宿題に追われて夜更かしをしていた美咲は、ふと時計を見ると午前0時を回っていた。眠気覚ましにと、机の上に置いてあったハンディカムを手に取り、なんとなくあのファイルを再生してみた。
最初は前と同じリビングの映像だった。しかし、10分ほど経った頃、画面の隅に見慣れた物が映った。美咲の部屋にある、ピンクのクマのぬいぐるみだった。
「え?」
美咲は画面を凝視した。確かにぬいぐるみが映っている。でも、これは他人の家のリビングのはずだ。混乱しながらも映像を見続けると、今度は自分の机が映った。その上には、まさに今自分が使っているハンディカムと同じ機種が置かれている。
心臓が激しく鳴り始めた。美咲は慌てて自分の部屋を見回した。確かにぬいぐるみも机もある。でも、映像の中の部屋と自分の部屋は明らかに違う。映像の方が広く、家具の配置も違う。
さらに映像を見ていると、画面に人影が現れた。後ろ姿の女性が、ゆっくりとカメラに向かって歩いてくる。その女性が振り返った瞬間、美咲は声を殺して悲鳴を上げた。
それは、美咲自身の顔だった。
映像の中の「もう一人の美咲」は、ハンディカムを手に取ると、こちらを見つめながら不気味に微笑んだ。そして、液晶画面越しに美咲と目が合った瞬間、画面が暗くなった。
美咲は震える手でハンディカムの電源を切った。きっと見間違いだ、疲れているんだと自分に言い聞かせた。しかし、翌日の夜、好奇心に負けて再び午前0時にファイルを再生すると、今度ははっきりと自分の部屋が映っていた。
映像の中の部屋で、「もう一人の美咲」が何かを必死に訴えるように手を振っていた。音声はないが、口の動きから「助けて」と言っているように見えた。そして画面の端に、日付が表示されているのに気づいた。「2024年12月15日」。今日の日付だった。
美咲は恐怖で体が震えた。これは録画ではない。リアルタイムの映像なのだ。
三日目の夜、美咲は意を決して再び映像を見た。今度は、映像の中の「もう一人の美咲」が、必死に何かを指差していた。それは部屋の隅、クローゼットの方向だった。美咲が恐る恐るクローゼットを開けると、奥から古い新聞紙に包まれた何かが出てきた。
それは、同じ型のハンディカムだった。しかし、こちらは破損していて、液晶画面にはひび割れがある。電源を入れると、かろうじて動作した。中にも同じファイルがあった。
震える手でファイルを再生すると、今度は別の部屋が映った。見覚えのない和室。そこには、やはり美咲と同じ年頃の女の子が座っていた。その子も手に同じハンディカムを持ち、画面を見つめながら泣いていた。
美咲は全てを理解した。このハンディカムは、前の持ち主から次の持ち主へと渡り歩き、深夜0時になると異なる時空間を繋げてしまうのだ。映像の中の「もう一人の美咲」は、別の時間軸の自分。そして今、新たな犠牲者が生まれようとしている。
四日目の夜、美咲は映像の中の自分と向き合った。画面の向こうの美咲は、涙を流しながら何かを書いている。それは「捨てて」という文字だった。
しかし、美咲がハンディカムを捨てようとすると、手が動かなくなった。まるで見えない力に支配されているかのように、体が言うことを聞かない。そして気づいた時には、フリマアプリに出品していた。商品名は「Sony製 ハンディカム 動作確認済み 格安」。説明文には「引っ越しのため急いで処分したい」と書かれていた。
翌朝、商品は売れていた。購入者は、田中という名前の女子高生だった。
美咲は絶望した。自分も前の持ち主と同じように、次の犠牲者にハンディカムを渡してしまったのだ。そして今夜も、美咲は午前0時になると、映像の中で新しい持ち主に向かって「助けて」と手を振り続けることになる。
画面の向こうの世界で、永遠に。
数日後、田中という女子高生から「ハンディカムに削除できないファイルがあるんですが、これは仕様ですか?」というメッセージが届いた。美咲は震える指で返信した。
「それは絶対に、深夜0時に再生してはいけません」
しかし、メッセージを送信した直後、美咲は気づいた。自分も最初は警告を受けていたはずなのに、その記憶がない。そして、田中からの返信を見て愕然とした。
「ありがとうございます。でも、なぜか0時になったら見てみたくなってしまいます。今夜、試しに再生してみますね」
美咲は頭を抱えた。ハンディカムには、持ち主に深夜0時の再生を強制する力があるのだ。そして一度でもファイルを再生すれば、もう逃れることはできない。
その夜、午前0時。美咲は再び映像の中に現れ、新しい犠牲者に向かって必死に手を振った。しかし、画面の向こうの田中は、美咲の警告を理解することなく、恐怖に震えながらも映像を見続けている。
こうして、呪われたハンディカムは永遠に循環し続ける。次の持ち主、そのまた次の持ち主へと。そして美咲は、異なる時空間の牢獄の中で、永遠に助けを求め続けることになったのだった。