私が引っ越してきたのは、都会から車で三時間ほど離れた小さな町だった。仕事はリモートワークになり、思い切って自然の多い場所で暮らしてみたかったのだ。
家は町の外れ、田んぼと山に囲まれた一軒家。最寄りのコンビニまで車で十分ほどかかる。夜になると本当に暗く、星空が美しく見える。そんな環境が気に入っていた。
引っ越して一週間が経った頃だった。その日も仕事を終え、夕食の買い物に出かけることにした。いつもの道を車で走る。細い農道から少し広い県道に出て、そこを町の中心部に向かう。
その道は直線で、電信柱が等間隔に立ち並んでいた。私はなぜか、いつも電信柱を数えながら運転する癖がついていた。家から出て最初の大きな交差点までちょうど二十本。その日も「一本、二本…」と小さく呟きながら走っていた。
「十七、十八、十九…あれ?」
いつもなら二十本目で交差点に出るはずなのに、まだ交差点が見えない。「数え間違えたかな」と思いながらさらに進むと、ようやく交差点に出た。その日は特に気にせず買い物を済ませ、帰宅した。
翌日も同じ道を通った。今度はしっかり数えよう。「一本、二本…」と進んでいく。すると、また同じことが起きた。二十本目を過ぎても交差点が現れない。今度は二十一本目で交差点だった。
「おかしいな」と思ったが、夕暮れ時で薄暗かったせいか、単に見落としていただけかもしれないと自分に言い聞かせた。
しかし三日目、同じことが起きた。今度は二十二本目で交差点。確実に増えている。不安になり、昼間に改めて確認することにした。
日中、徒歩でゆっくりと電信柱を数えながら歩いた。一本、二本…二十三本で交差点に着いた。間違いない。増えている。
町の役場に問い合わせてみたが、「道路工事は行っていない」との返答。電力会社も「新しい電信柱の設置予定はない」と言う。
一週間後、電信柱は二十七本になっていた。そして気づいたことがある。増えているのは、いつも同じ場所だった。五本目と六本目の間に、新しい電信柱が挿入されるように増えていたのだ。
ある晩、私は五本目の電信柱の前で車を止め、懐中電灯を手に調査することにした。普通の木製の電信柱。特に変わったところはない。ただ、よく見ると表面が他の電信柱より黒ずんでいた。
電信柱の根元に懐中電灯を向けると、何か小さな布切れのようなものが見えた。かがんで拾い上げると、それは古ぼけた人形の服だった。人形はなく、服だけが残されていた。
不気味に思いながらも、その服を持ち帰り調べてみた。地元の古い写真集を見ていると、四十年前の夏祭りの写真に同じ服を着た人形を持つ少女が写っていた。写真の説明には「○○家の一人娘。七歳で行方不明になった」と書かれていた。
次の日から、私は別の道を使うようにした。遠回りになるが、あの電信柱のある道は通りたくなかった。しかし一ヶ月後、用事があってどうしてもあの道を通らざるを得なくなった。
恐る恐る車を走らせると、五本目の電信柱に近づいたとき、フロントガラスの向こうに小さな人影が見えた。七歳くらいの少女が、電信柱の前に立っている。
急ブレーキをかけ、車を止めた。しかし、少女の姿はもうなかった。代わりに、五本目と六本目の間に新しい電信柱が立っていた。今までよりも黒く、湿った木の臭いがした。
その夜、窓の外を見ると、遠くの道路に小さな影が見えた。それは五本目の電信柱の方へと歩いていく。そして次の朝、ニュースで報じられた。「昨夜、七歳の少女が行方不明に」
私はすぐに引っ越すことにした。荷物をまとめている時、窓の外を何気なく見ると、五本目の電信柱の前に人影が立っていた。それは私の方を見て、ゆっくりと手を振っていた。