夜11時45分、最後の電車が駅に滑り込んできた。疲れ果てた俺は、空いている席に座り込んだ。窓の外は真っ暗で、自分の顔が薄っすらと映っている。
車内には他に3人しかいなかった。向かいの席には年配のサラリーマン、車両の端には学生らしき若者、そして一番奥には黒いコートを着た女性が座っていた。
ガタンゴトンという音を聞きながら、俺はスマホを取り出した。電池残量5%。「くそ」と思いつつ、画面を消して目を閉じた。
突然、車内灯が一瞬消え、また点いた。驚いて目を開けると、サラリーマンの姿が消えていた。「降りたのか?」と思ったが、駅に着いた記憶はない。
再び車内灯が明滅した。今度は学生も消えていた。不安になった俺は立ち上がり、車両の端まで歩いてみた。誰もいない。
戻ろうとした時、車内放送が流れた。 「次は…終点…終点です」
声が歪んでいた。しかも、この路線には終点までまだ7駅あるはずだ。
突然、電車が急停車した。体勢を崩した俺は床に倒れこんだ。そして再び車内灯が消えた。
数秒後、灯りが戻った時、俺の目の前に黒いコートの女性が立っていた。彼女の顔はない。あるのは暗い穴だけだった。
「あなたも降りますか?」彼女の声は頭の中に直接響いた。
「どこに…降りるんですか?」俺は震える声で尋ねた。
「みんなが降りる場所です」彼女の言葉とともに、車内の扉が開いた。外は漆黒の闇だった。
「私たちはみんな、いつか降りなければなりません」彼女は俺の手を取った。その手は冷たく、濡れていた。
その時、ポケットのスマホが振動した。画面には「バッテリー残量がありません。シャットダウンします」と表示されていた。
スマホの光が消えると同時に、女性の姿が鮮明になった。顔のない穴から黒い液体が流れ出し、床に滴り落ちていく。
「一人で降りるのは寂しいから」彼女の声が頭の中で大きくなった。「一緒に降りましょう」
俺は彼女の手を振り払い、必死に逃げようとした。しかし足が動かない。見ると、黒い液体が俺の足首を捕らえていた。
電車は再び動き始め、加速していく。窓の外はますます暗くなっていった。
「次は終点、全員降車です」歪んだアナウンスが再び流れる。
俺は叫ぼうとしたが、声が出ない。黒いコートの女性は俺に迫ってきた。彼女の顔の穴が大きく開き、俺を飲み込もうとする。
そのとき、携帯の着信音で目が覚めた。
俺は電車の中にいた。向かいの席には年配のサラリーマン、車両の端には学生、そして一番奥には…
「終電にご乗車のお客様、間もなく終点に到着します。お忘れ物のないように…」
電車が減速し始めた。窓に映る自分の顔を見ると、俺の後ろに黒いコートの影が映っていた。
振り返る勇気はなかった。