新しいSNSアプリ「Echo」は瞬く間に人気を集めていた。他のSNSと違い、Echo上のアカウントは実名登録必須で、投稿した内容は24時間後に自動削除される。「本音を言える場所」という謳い文句が若者の心を掴んでいた。
私もその波に乗り、アカウントを作った。最初は友人数人をフォローし、日常の些細な愚痴や本音を投稿していた。
アカウント作成から3日後、見知らぬアカウント「shadow_watcher」からフォローリクエストが来た。プロフィール写真は真っ黒で、自己紹介欄には「いつも見ています」とだけ書かれていた。気味が悪かったが、実名制なのだから実在する人物のはずだと思い、承認した。
次の日、私が「今日の課長、マジでイライラする。さっさと辞めてくれないかな」と投稿すると、数分後にshadow_watcherから返信が来た。
「課長、確かに厳しいですね。でも、あなたのデスクから見える窓の景色は素敵ですよ」
背筋が凍った。なぜ私のデスクからの景色を知っているのか。オフィスの同僚か?でも、そんな黒いユーモアの人はいない。ブロックしようとしたが、なぜか操作ができなかった。
2日後、久しぶりに母と喧嘩して「親なんていなければいいのに」とEchoに投稿した。すぐにshadow_watcherから返信。
「そんなこと言うと、お母さん悲しみますよ。今日買った赤いワンピース、とても似合っていましたね」
震える手でスマホを置いた。母が今日赤いワンピースを買ったことなど、誰にも話していない。
不安になり、Echoのサポートに連絡した。「shadow_watcherというアカウントについて調べてほしい」と。返信は素早かった。「そのようなユーザー名のアカウントは存在しません」
画面を見ると、確かにshadow_watcherは私のフォロワーリストにある。サポートには見えないというのに。
その夜、怖くなって友人の家に泊まることにした。「ストーカーがいるかも」とEchoに投稿すると、すぐに返信が来た。
「逃げても無駄ですよ。青い家の2階、左から2番目の窓の部屋にいるあなたが見えます」
友人の家は確かに青い。そして私がいる部屋は2階の左から2番目だった。カーテンを閉め、警察に電話した。
警察は周辺を調査したが、不審者は見つからなかった。その夜、眠れぬまま朝を迎えた。
次の日から、私はEchoの使用をやめ、アプリを削除した。平穏な日々が戻ってきたかに思えた。
1週間後、新しいスマホに変えた。アプリをダウンロードしていると、自動的にEchoがインストールされた。削除したはずなのに。
アプリを開くと、自動的にログインされ、1件の未読メッセージがあった。shadow_watcherからだ。
「新しいスマホ、画面が大きくていいですね。でも、パスワードはもう少し複雑にした方がいいですよ」
パニックになり、スマホを壁に投げつけた。画面は砕け散った。
翌日、修理したスマホを受け取り、恐る恐るEchoを開いた。新たなメッセージ。
「壊しても無駄です。私はあなたの中にいるのですから」
その夜から、私は自分の行動すべてがshadow_watcherに見られているという感覚に苛まれるようになった。誰にも相談できなかった。みんな「気のせいだ」と言うだけ。
1ヶ月後、精神的に限界を感じた私は、思い切ってEchoに「正体を現して」と投稿した。
返信は即座に来た。「鏡を見てください」
恐る恐る鏡を見ると、そこには疲れ果てた自分の顔があった。よく見ると、瞳の奥に小さな影のようなものがうごめいている。
それ以来、私は自撮りをしなくなった。カメラを向けると、時々画面の隅に黒い影が映り込むから。でも、誰にも見えないのは私だけ。
昨日、Echoからついに退会手続きをした。すると最後のメッセージが届いた。
「退会しても、私はあなたの全てを知っています。次のアプリでお会いしましょう」
今朝、新しいSNSアプリがリリースされた。評判になっている。通知をチェックすると、最初のフォロワーは「shadow_watcher」だった。