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8番線のホーム

ホーム

私が転勤で通うようになった大崎駅は、7番線までしかないはずだった。

初日、駅の構内図を見ながら確認した。1番線から7番線まで、すべて把握した。しかし、出勤から一週間が過ぎた金曜日の夜、残業で疲れて帰る途中、駅の案内表示が目に入った。「8番線 – 23:45発」

おかしいと思い、もう一度見る。確かに8番線と書かれている。時刻は23時30分。疲れているせいか、と思いながらも好奇心から、表示に従って進んだ。

階段を下りていくと、普段とは違う薄暗い通路に出た。蛍光灯が断続的に明滅している。壁には「8番線」という古びた表示。人の気配はなく、静寂が支配していた。

ホームに出ると、そこは驚くほど古い造りだった。木製のベンチ、古い意匠の照明、色あせた広告ポスター。しかも日付を見ると、すべて15年以上前のものだ。

ホームの端に老紳士が一人、ベンチに座っていた。灰色のスーツを着た初老の男性で、何かを待っているようだった。

「すみません」と声をかけると、男性はゆっくりと顔を上げた。「この電車はどこに行くんですか?」

「君も行くのかい?」男性の声は静かだった。「この電車はね、もう戻ってこない人が乗るんだ」

不思議に思い、再度案内表示を確認しようと振り返ると、来た階段が見当たらない。パニックになりかけた時、アナウンスが流れた。

「まもなく8番線に電車が参ります。危ないので黄色い線の内側までお下がりください」

声は機械的で、どこか歪んでいた。ホームの端から微かな光が見え始めた。電車が近づいてくる。

その時、男性が静かに言った。「私はね、15年前にここで人身事故を起こしてしまった運転手なんだ。毎晩この時間に来ているよ」

震えが走った。15年前、この駅で起きた人身事故の記事を読んだことがある。電車が到着し、ドアが開いた。中は空っぽで、灯りも薄暗い。

「さあ、乗るかい?」男性が促す。「いや、私はまだ…」言いかけた時、ホームの反対側に階段を見つけた。「あの階段から出られますか?」

男性は残念そうに微笑んだ。「あれは上りじゃない。もっと下に行く階段だよ」

恐怖で足がすくんだ。電車のドアが閉まり始める音がした。咄嗟に走り出し、閉まりかけたドアに飛び込んだ。

気がつくと、いつもの7番線ホームのベンチに座っていた。夢だったのか。時計を見ると23時50分。

駅員を見つけ、8番線について尋ねた。「8番線ですか?そんなホームはありませんよ」と笑われた。

次の日、会社の先輩に昨夜のことを話すと、顔色が変わった。「大崎駅の8番線の話か…」

先輩によれば、駅が改築される前、実際に8番線が存在していたという。しかし15年前、終電間際の人身事故を最後に封鎖され、改築で完全に撤去されたとのこと。

「でも、事故の起きた日と同じ時間に、時々8番線が見えるという噂はあるな」と先輩は言った。「乗ってはいけないぞ、あれは死者を集める電車だ」

その夜も残業になった。駅に着いたのは23時半過ぎ。いつもの経路で7番線に向かおうとした時、目の端に案内表示が見えた。「8番線 – 23:45発」

足を止め、振り返る。昨日と同じ表示が確かにそこにあった。そして階段の下から、かすかに誰かが呼ぶ声が聞こえる。

好奇心と恐怖で身体が引き裂かれそうになる。一歩、また一歩と階段に近づいた時、駅内放送が響いた。

「本日最終列車が到着します。ご乗車の方はお急ぎください」

我に返り、急いで7番線に向かった。電車に乗り込み、ほっとしたのも束の間、窓の外に先日の老紳士が立っているのが見えた。彼は悲しそうに手を振っている。

電車が動き出し、男性の姿が見えなくなった。しかし、次の駅に着いたとき、車内アナウンスが流れた。

「次は終点、8番線です。お忘れ物のないようご注意ください」

慌てて周囲を見回すと、車内には私一人だけだった。窓の外は真っ暗な闇。そして、ゆっくりと電車が減速し始めた。