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白いカーテンの向こう

保健室

放課後の掃除当番を終え、校内が静まり返り始めた頃、僕は保健室に立っていた。体育の授業で捻挫した足首の包帯を交換するためだ。ノックしても返事がないので、おそるおそるドアを開けると、誰もいなかった。

「先生、いませんか?」

応答はない。夕日が窓から差し込み、白いカーテンで仕切られたベッドに長い影を落としている。保健の高橋先生は職員会議に出ているのかもしれない。

包帯はすぐに見つかった。自分で巻き直そうとベッドに腰掛けた時、奥のベッドから微かな寝息が聞こえた。カーテンの向こうに誰かがいる。

「すみません、起こしましたか?」

返事はない。きっと誰か具合の悪い生徒が休んでいるのだろう。迷惑をかけないよう、急いで包帯を巻き始めた。

その時、カーテンの向こうから声が聞こえた。 「痛いの?」

女の子の声だった。小さくて、どこか虚ろな感じがする声。 「ああ、ちょっとね。捻挫しただけだから大丈夫」

「そう…私も痛かったの…」

気の毒に思い、話しかけた。「君も怪我してるの?」

一瞬の沈黙の後、「違うよ…病気…」という返事が返ってきた。

何となく会話を続けたくなかったが、無視するのも失礼だと思い、「良くなるといいね」と言った。

「もう良くならないよ」

その言葉に背筋が凍った。言葉の選び方が悪かったのかもしれない。包帯を巻き終え、早く立ち去りたくなった。

「じゃあ、お大事に」と言って立ち上がった時、カーテンの向こうから物音がした。誰かがベッドから起き上がる音。

「もう行っちゃうの?」声が近づいてくる。「もう少し話していかない?」

「ごめん、部活があるから」と嘘をついた。

「嘘だね」声はさらに近づいてきた。「今日は木曜日。あなたの部活は月・水・金でしょう?」

どうして自分の部活の予定を知っているのだろう。心臓が早く打ち始めた。

「誰…?」思わず聞いてしまった。

カーテンの影が動いた。細い指がカーテンの端をつかみ、ゆっくりと引いていく。

「私のこと、覚えてないの?」

カーテンが開き始めた時、保健室のドアが開いた。高橋先生だ。 「あら、まだいたの?」

振り返ると、カーテンは閉じたままだった。指の影も消えている。

「あの、奥のベッドに…」

先生は首を傾げた。「誰もいないわよ。今日は早退した子もいなかったし」

震える足で奥のベッドに近づき、カーテンを開いた。確かに誰もいない。シーツにはうっすらとへこみがあったが、それも気のせいかもしれない。

翌日、気になって古い卒業アルバムを図書室で調べていると、3年前のクラス写真に見覚えのある顔を見つけた。名前は「佐藤美咲」。担任の先生に聞くと、彼女は白血病で亡くなったという。亡くなる前の数週間は保健室のベッドで過ごすことが多かったらしい。

それから一週間後。また捻挫した足首の具合を見てもらうため、放課後の保健室を訪れた。先生はまたしても不在で、夕日に染まる静かな部屋には僕一人だけ。

包帯を取り替えようとベッドに座った時、奥のカーテンの向こうから声が聞こえた。 「また来てくれたんだ…嬉しい…」

今度は振り返らなかった。ただ急いで包帯を巻き直し、立ち上がった。

「もう行っちゃうの?」声が悲しそうだ。「私、独りは寂しいの…」

返事をせず、ドアに向かって歩き出した。

「待って!」悲痛な叫び声。「お願い、私を一人にしないで!」

ドアノブに手をかけた時、冷たい指が僕の肩に触れた。振り向くと、青白い顔の少女が立っていた。目の下には大きなクマがあり、髪は薄く、痩せこけた体は病院のパジャマに包まれている。

「一緒にいてくれる?」彼女は微笑んだ。「ずっとずっと、このベッドで…」

その瞬間、保健室のドアが開き、高橋先生が入ってきた。

「あら、また来たの?」先生は僕だけを見ている。「具合はどう?」

返事をする前に、肩の冷たさが消えていた。振り返ると、そこには誰もいない。

「先生」震える声で尋ねた。「このベッド…誰か使ってますか?」

高橋先生は少し考え込むように言った。「このベッドはね…美咲ちゃんが最後に使ったの。それ以来、なぜか壊れやすくて…でも不思議と夕方になると、誰も使ってないのにシーツがへこむことがあるのよ」

その夜から、僕は保健室に行くのをやめた。でも時々、校舎を出る時、3階の保健室の窓から誰かが手を振っているような気がする。夕日に照らされた白いカーテンの向こうから。