午後10時。私は毎日の帰宅ルートを歩いていた。この街れっきとした住宅街なのに、どこか不気味な雰囲気が漂う。特に、この古びた歩道橋は、夜になると余計に陰鬱な雰囲気を醸し出す。
最初に彼女に気づいたのは、二週間前のことだった。歩道橋の中央に、真っ白な服を着た女性が立っている。動かない。ただ、どこかを見つめているだけ。最初は通り過ぎるときに、ちらっと目にした程度。しかし、日を追うごとに、彼女の存在が気になり始めた。
毎晩同じ時間。午後10時。彼女はそこにいる。背を向けて立っていて、私が近づいても振り向かない。街灯の薄い光に照らされた彼女のシルエットは、まるで写真のように静止していた。
ある日、私は彼女の正体を確かめようと近づいた。近づけば近づくほど、違和感が募る。彼女の服は、確かに白いのだが、よく見ると汚れていた。まるで泥や血のような、暗い染みが点在している。
そのとき、彼女は動いた。
ゆっくりと、非常にゆっくりと、首を曲げる。私は足を止めた。彼女の顔は、影になっていて、はっきりとは見えない。しかし、確かに私の方を向いていることは分かった。
突然、彼女が手を上げた。手招きをしている。
恐怖で体が凍りついた。逃げたいのに、体が動かない。彼女の手は、まるで糸で操られているかのように、不自然に曲がりながら私を招いていた。
「来なさい」
かすかに聞こえたのは、女性の声。それとも風の音だったのか。私の背筋に冷たい汗が流れる。
そのとき、彼女の顔が少し見えた。驚愕した。彼女の顔には、目がなかった。真っ白な肌の、目のはずの場所は、真っ黒な穴になっていた。
「来なさい」
声は近くに聞こえる。もう逃げられない。彼女に吸い寄せられるように、私は一歩、また一歩と前に進む。
翌朝、私は歩道橋の下で意識を取り戻した。周りには誰もいない。頭は重く、記憶は霧の中。ただ、彼女の白い服に染みついた、暗い染みを思い出す。
それは血だったのか。それとも、私の血だったのか。
今夜も、午後10時。私は歩道橋に向かう。彼女を待っている。