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深夜のセルフレジ

セルフレジ

疲れ切った表情で、僕は深夜のコンビニに滑り込んだ。デジタル時計が「23:47」を指している。終電はとうに逃し、タクシー代を節約するために駅から自宅まで歩くことにした。その途中、少し腹が減ったので立ち寄ったのだ。

店内には僕以外に客はいない。レジにはアルバイトらしき若い男性が一人、スマホを見ながら退屈そうにしていた。彼は僕が入ってきても顔を上げることもなく、せいぜい「いらっしゃいませ」とぼそりと言っただけだった。

棚からおにぎりとサンドイッチ、それから缶コーヒーを手に取り、レジに向かう。最近このチェーン店では深夜はセルフレジを使うよう促している。人件費削減のためだろう。確かにこの時間、わざわざ店員を二人も置いておく必要はないのかもしれない。

僕はセルフレジの前に立ち、画面の案内に従って操作を始めた。まずはおにぎり。バーコードをスキャナーにかざす。「ピッ」という音とともに商品名と値段が表示される。次にサンドイッチ。同じようにスキャン。そして缶コーヒー。

しかし、コーヒーをスキャンした瞬間、機械から甲高い警告音が鳴った。 「それはお買い上げいただけません」

画面には赤いエラーメッセージ。一瞬、年齢確認が必要な商品かと思ったが、単なる缶コーヒーだ。もう一度スキャンしてみる。

「それはお買い上げいただけません」

再び警告音と同じメッセージ。おかしいな。商品のバーコードが傷ついているのかもしれない。別の缶コーヒーと取り替えようと手に持った商品を見た瞬間、僕は言葉を失った。

手に持っていたのは缶コーヒーではなく、人間の指だった。指先から第一関節までの、血の滴る人差し指が、僕の手のひらに乗っている。

「なっ…!」

思わず叫び声を上げそうになり、その指を床に投げ捨てた。しかし床に落ちたのは、普通の缶コーヒーだった。錯覚だったのだろうか。冷や汗が背中を伝う。

「お客さん、大丈夫ですか?」

レジの店員が不思議そうな顔で僕を見ていた。

「あ、はい…ちょっと手が滑って」

僕は取り繕いながら、床から缶コーヒーを拾い上げた。缶に凹みができていたので、別の商品と交換することにした。

再び飲料コーナーから新しい缶コーヒーを手に取り、セルフレジに戻る。今度はうまくいくはずだ。しかし、スキャンすると再び警告音が鳴った。

「それはお買い上げいただけません」

今度は画面に小さな文字で追加メッセージがある。「商品に問題があります。店員をお呼びください」

僕は缶コーヒーを見た。そして再び恐怖で固まった。缶のラベルが変わっている。印刷された商品名や原材料表示の代わりに、無数の細かな毛が生えているように見える。人間の頭皮のような質感だ。

手から缶を落とさないよう、必死に冷静さを保ちながら、レジの店員を呼ぼうと振り向いた。だが、さっきまでいたはずの店員の姿はない。スマホを見ていた場所には誰もいなかった。

「あの、すみません…」

声を出してみたが、返事はない。店内は静まり返っていた。外の駐車場を見ると、さっきまであったはずの店員の自転車も消えている。

不安を感じながらも、僕はもう一度セルフレジの画面を見た。エラーメッセージが消え、代わりに「スキャンを続けてください」という表示に戻っていた。

おかしい。何かがおかしい。

とりあえず買い物を諦め、店を出ようと思った。だが、出口へ向かったとき、店の奥から「カタン」という金属音が聞こえた。

振り向くと、奥のドリンクケースが一つ、ゆっくりと開いていた。中からは商品が一つも見えない、真っ黒な空間だけがあった。

恐怖で足がすくみ、その場に立ち尽くしていると、セルフレジから再び電子音が鳴り、画面が変わった。

「お客様、セルフレジでのお会計が完了していません」

どうやら僕はまだ買い物の途中ということになっているらしい。しかし、もはや買い物どころではない。早くここから出たい。

出口のドアに近づき、ガラスを押した。開かない。引いても開かない。自動ドアのはずなのに、センサーが反応していないのか、びくともしない。

「閉店時間を過ぎております。セルフレジでのお会計を完了してください」

店内のスピーカーから機械的な声が響いた。デジタル時計を見ると、「00:00」を指している。たった数分のやり取りでそんなに時間が経ったはずがない。

背後から「カタン、カタン」と音が近づいてくる。振り返ると、先ほど開いたドリンクケースから、何かが這い出してきていた。人の形をしているが、全身が商品のバーコードで覆われた存在だ。

逃げ場がない。僕はセルフレジに戻るしかなかった。震える手でおにぎりとサンドイッチをスキャンする。

「お会計は合計398円です」

画面に表示された金額を見て、僕は財布から500円玉を取り出した。硬貨投入口に入れようとして、僕は再び凍りついた。

硬貨投入口が、人間の口のように変形している。唇があり、歯が見え、舌まである。それが僕に向かって「早く…」とささやいた。

恐怖で叫び声を上げながら、僕は硬貨を投入口に投げ込んだ。すると、その口は満足そうに硬貨を飲み込み、「ごちそうさま」と言った。

レシートが印刷され始めた。通常なら15センチほどのレシートが、延々と出続ける。30センチ、50センチ、1メートル…止まる気配がない。

僕はレシートを引っ張り、見てみた。そこには商品名や価格の代わりに、同じ文章が繰り返し印刷されていた。

「あなたはお買い上げいただけません」 「あなたはお買い上げいただけません」 「あなたはお買い上げいただけません」

レシートの終わりには、バーコードの代わりに人間の顔のようなパターンが印刷されていた。よく見ると、それは僕自身の顔だった。

突然、店内の照明が消え、真っ暗になった。パニックになった僕は、手探りで出口を探した。ドアに辿り着き、再び押してみる。今度は開いた。

僕は夜の街に飛び出し、振り返った。コンビニの看板は消え、ただの古い廃屋があるだけだった。30年前に閉店したという噂の場所。幽霊店と言われていた場所だ。

翌朝、僕は悪夢だったのだと自分に言い聞かせた。しかし、ポケットに手を入れると、そこにはあの夜のレシートがあった。そして、そのレシートには新たな一文が加わっていた。

「次回のご来店をお待ちしております」