十月最後の日曜日、秋晴れの空の下で開催された桜丘高校の文化祭は、大成功で幕を閉じた。私たち2年B組は演劇部門で準優勝を果たし、皆で記念写真を撮ることになった。
「はい、もう少し詰めて!」
写真部の田中君がカメラを構えながら声をかける。体育館の前で、私たちクラスメイト二十八人が肩を寄せ合って並んだ。担任の山田先生も一緒に写ることになり、みんなの顔が誇らしげに輝いていた。
「じゃあ撮るよー。はい、チーズ!」
カシャッという音と共に、フラッシュが焚かれた。その瞬間、私は妙な違和感を覚えた。視界の端で、何か奇妙なものが動いたような気がしたのだ。しかし、すぐにその場の雰囲気に飲まれ、気のせいだと思い直した。
翌日の月曜日、田中君が現像した写真をクラスで配ってくれた。私は自分の写真を受け取ると、まず自分の顔を確認した。思っていたよりも良く写っていて安心する。そして全体を見渡したとき、私の血は凍りついた。
写真の中央、まさに一番目立つ位置に、見知らぬ少女が写っていたのだ。
彼女は私たちと同じくらいの年齢に見えたが、どこか古風な印象を与える制服を着ていた。長い黒髪が肩にかかり、表情は無く、じっとこちらを見つめている。しかし何より恐ろしいのは、私たちが写真を撮った時、そこには確実に誰もいなかったということだった。
「ねえ、これ誰?」
隣の席の美香が私の写真を覗き込んで呟いた。私は慌てて他のクラスメイトの写真も確認したが、全ての写真に同じ少女が写っていた。しかも、不思議なことに、みんなその少女を見ても特に驚いた様子がない。
「え、誰って?」
田中君が困惑した表情で答える。
「この真ん中の子よ。こんな子、うちのクラスにいたっけ?」
美香が指差すと、田中君は写真をじっと見つめた後、首を傾げた。
「あー、転校生かな?最近来た子じゃない?」
そんな曖昧な答えが返ってきた。しかし、私には確信があった。そんな転校生は来ていないし、文化祭の日にその少女を見た記憶は全くない。
その日の放課後、私は一人で写真を見つめていた。少女の顔をよく観察していると、どこかで見たことがあるような気がしてきた。しかし、どうしても思い出せない。
翌日の火曜日、美香が学校に来なかった。風邪だという連絡があったが、昨日まで元気だった彼女が急に体調を崩すなんて珍しい。しかし、それは序章に過ぎなかった。
水曜日には田中君が、木曜日には後藤さんが、そして金曜日には佐藤君が学校に現れなかった。みんな前日まで普通に学校に来ていたのに、突然連絡が取れなくなったのだ。保護者に連絡を取っても、「昨夜、部屋から忽然と姿を消した」という同じような答えしか返ってこない。
土曜日の朝、私は恐る恐る写真を見返した。そして、戦慄すべき事実に気づいた。行方不明になったクラスメイトたちの姿が、写真から消えているのだ。美香がいた場所は空白になり、田中君の姿も、後藤さんも、佐藤君も、まるで最初からそこにいなかったかのように消失していた。
残っているのは、私を含む数人と、あの謎の少女だけ。そして少女の表情が、以前よりもはっきりと見えるようになっている。まるで写真の中で生きているかのように。
日曜日の夜、私は必死に記憶を辿っていた。あの少女を見たことがある。絶対にある。そしてついに、記憶の奥底から一つの場面が蘇ってきた。
それは三年前の夏、私がまだ中学生だった頃のことだった。地元の図書館で夏休みの宿題をしていた時、古い新聞記事を目にしたのだ。二十年前に起きた、桜丘高校の生徒の集団失踪事件。その記事に添えられた白黒の集合写真に、あの少女が写っていた。
記事によると、昭和の終わり頃、桜丘高校の2年生のクラスから、一夜にして十五人の生徒が姿を消したという。残されたのは、精神に異常をきたした数人の生徒だけ。彼らは口々に「写真の中の子に連れて行かれた」と意味不明なことを繰り返していたそうだ。
そして、その事件の中心にいたのが、写真に写っていた少女-橋本雪乃だった。彼女は失踪した生徒の一人だったが、不思議なことに、その後に撮られた集合写真には必ず彼女の姿が写っていた。まるで、写真の世界に閉じ込められたかのように。
月曜日の朝、私は震える手で写真を確認した。案の予定、また一人クラスメイトの姿が消えていた。昨日まで写っていた鈴木君が、跡形もなく消失している。そして橋本雪乃の姿は、さらにはっきりと、まるで3Dのように立体的に見えた。
私は理解した。彼女は写真を通じて現実世界に影響を及ぼし、写った人間を自分のいる世界-写真の世界に引きずり込んでいるのだ。そして最終的には、写真に写った全ての人間を連れ去るつもりなのだろう。
火曜日、学校に来たのは私を含めてわずか四人だった。クラスの大半が消失し、残された私たちは茫然自失の状態だった。先生たちも事態を把握しきれず、警察も超常現象として処理しようがない状況だった。
その夜、私は決意を固めた。このままでは残された全員が消されてしまう。何とかして橋本雪乃を止めなければならない。
私は深夜、一人で学校に忍び込んだ。目的は、二十年前の事件の資料を探すことだった。職員室の奥にある古い資料室で、私はついに当時の事件報告書を発見した。
そこには、橋本雪乃についての詳細が記されていた。彼女は文化祭の準備中に体育館で事故死した生徒だった。重い舞台装置の下敷きになり、即死だったという。しかし、その直後に撮影された集合写真に彼女の姿が写って以来、毎年文化祭の時期になると同じような失踪事件が発生していた。
報告書の最後に、事件を調査した霊媒師の言葉が記されていた。「彼女は寂しさのあまり、写真の中から仲間を求めている。彼女の無念を晴らし、安らかに眠らせるには、彼女が事故で亡くなった場所で、写真を燃やすしかない」
水曜日の夜、私は体育館に向かった。手には例の集合写真を握りしめている。舞台の上で、私は写真に向かって語りかけた。
「雪乃さん、あなたの気持ちは分かります。でも、これ以上みんなを巻き込まないで。あなたもきっと、本当は一人で寂しいだけなんでしょう?」
写真の中の雪乃の表情が、わずかに変化したように見えた。
「私があなたの話を聞きます。だから、みんなを返してください」
私はライターで写真の端に火をつけた。写真が燃え始めると、突然体育館の温度が下がり、私の前に雪乃の姿が現れた。彼女は透明で、悲しそうな表情を浮かべていた。
「寂しかった…みんな、私を忘れて…」
か細い声が響く。
「大丈夫です。私は忘れません。あなたのことを覚えています。だから、安心して向こうの世界に行ってください」
写真が完全に燃え尽きると、雪乃の姿も徐々に薄くなっていった。そして最後に、安らかな笑顔を浮かべて消えていった。
翌朝、行方不明になっていたクラスメイトたちが全員戻ってきた。彼らは皆、「変な夢を見ていた」と口を揃えて言った。写真の世界で、雪乃と一緒に過ごしていた記憶は、夢として処理されているようだった。
文化祭から一週間後、私たちは再び集合写真を撮った。今度は、誰も写ってはいけない人が写ることはなかった。しかし、私だけは知っている。写真の端、ほんの小さく、雪乃の笑顔が写っていることを。きっと彼女は、もう寂しくない場所で、安らかに眠っているのだろう。
そして私は、二度とその写真を人に見せることはなかった。ある秘密は、一人だけが背負うべきものなのだから。