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花火の灯りに消えた少女

打ち上げ花火

夏の夜の湿った空気が肌にまとわりついて、ミオは不快感を覚えていた。毎年恒例の地元の花火大会。高校二年生になった今年も、幼馴染のユキと一緒に河川敷に来ている。

「今年は去年より人が多いね」

ユキが浴衣の襟元を直しながら言った。確かに、川沿いの観覧エリアは例年以上の人だかりができている。家族連れ、カップル、学生のグループ。皆が空を見上げて、最初の花火を待っていた。

ミオは人混みが苦手だった。視界に入る無数の顔、すれ違う時の体の接触、そして何より、知らない人たちの中にいる時の漠然とした不安感。でもユキが楽しみにしていたので、今年も付き合うことにしたのだ。

午後八時、合図の花火が一発上がった。群衆から「おお」という歓声が湧き上がる。続いて色とりどりの花火が夜空を彩り始めた。赤、青、緑、金色。次々と打ち上がる光の華に、人々は首を上に向けて見入っている。

ミオも空を見上げていたが、ふと視線を下ろした時、群衆の中に奇妙な光景を目にした。

遠く離れた場所に、小さな女の子がいた。年齢は十歳くらいだろうか。白いワンピースを着て、長い黒髪を風になびかせている。そして、その子は明らかにミオの方を見て、手を振っていた。

「ユキ、あの子見える?」

ミオは隣にいるユキの袖を引いて、少女のいる方向を指差した。

「どの子?」

ユキは指差された方向を見回したが、首を振った。

「よくわからないよ。人が多すぎて」

また花火が上がった。その光で少女の顔がはっきりと見えた。色白で、大きな瞳をしている。美しい子だった。そして相変わらず、ミオに向かって手を振り続けている。

ミオは不思議に思った。なぜあの子は自分に手を振っているのだろう。知らない子なのに。そして、あれだけはっきりと見えているのに、なぜユキには見えないのだろう。

次の花火が上がる。また次の花火が上がる。そのたびに、ミオは少女を探した。彼女は毎回違う場所にいたが、必ずミオを見つけて手を振ってくれた。まるで花火の光に誘われるように、群衆の中を移動しているようだった。

「ねえ、ミオ。どうしたの?さっきからキョロキョロして」

ユキが心配そうに声をかけてきた。

「ううん、なんでもない」

ミオは曖昧に答えた。あの少女のことを説明しても、ユキには理解してもらえないだろう。それに、だんだん自分でも何が起きているのかわからなくなってきていた。

花火は佳境に入っていた。大きな花火が連続で上がり、群衆の歓声も大きくなる。その騒音の中で、ミオは少女の姿を見失いそうになった。でも、花火の光が空を照らすたびに、彼女の白いワンピースが闇の中に浮かび上がった。

そして気がつくと、少女はだんだんミオに近づいてきていた。

最初は河川敷の向こう端にいたのに、次は中程、その次はもっと近く。花火が上がるたびに、確実にミオとの距離を縮めている。

ミオの胸に不安が広がった。なぜあの子は近づいてくるのだろう。何をしようとしているのだろう。

「最後の大玉だよ」

ユキが興奮した声で言った。確かに、アナウンスが最後の花火について説明している。今夜一番大きな、特別な花火が上がるのだという。

ミオは慌てて少女を探した。彼女はもうすぐそこまで来ていた。群衆に紛れて、でも確実にミオに向かって歩いてくる。その顔には、不思議な微笑みが浮かんでいた。

「三、二、一」

カウントダウンが始まった。群衆が一斉に数を数える。ミオも釣られて声を出した。

「ゼロ!」

その瞬間、夜空に巨大な花火が咲いた。今まで見たことがないほど大きく、美しく、そして眩しい光だった。あまりの明るさに、ミオは思わず目を閉じた。

光が収まって、ミオが目を開けた時。

隣にユキはいなかった。

代わりに、あの白いワンピースの少女が立っていた。花火の残光が彼女の顔を照らしている。少女は微笑んで、ミオの手を取った。

「やっと会えたね、ミオちゃん」

少女の声は、どこか懐かしい響きがあった。

「君は誰?ユキはどこに行ったの?」

ミオは混乱していた。周りの人たちは誰も異変に気づいていないようだった。花火の余韻に浸って、家路につき始めている。

「私は昔からここにいるの。毎年、花火の夜になると現れるの。そして、特別な人を選んで、入れ替わるの」

少女の言葉にミオは震えた。

「入れ替わる?何それ?」

「ユキちゃんは私がいた場所に行ったの。そして私はここに来た。でも大丈夫、ユキちゃんは幸せよ。向こうの世界では、いつまでも夏祭りが続いているから」

ミオは少女の手を振り払おうとしたが、その手は驚くほど冷たく、そして強かった。

「私を離して!ユキを返して!」

「無駄よ。もう遅いの。最後の大玉が上がった時、交換は完了したの。来年の夏まで、私はユキちゃんとして生きる。そして来年、また新しい人を選ぶの」

群衆がざわめいた。誰かが「女の子がいなくなった」と叫んでいる。ユキを探している声が聞こえる。でも誰も、ミオのすぐ隣にいる少女には気づかない。

「なぜ私には見えるの?なぜ私だけ?」

ミオは必死に尋ねた。

少女は悲しそうに微笑んだ。

「きっと、あなたも私と同じだから。境界が見える人だから。でも安心して。来年になれば、あなたも忘れてしまう。そして普通に生活できるようになる」

花火大会は終わった。人々は帰り始めている。ミオの両親も探しに来るだろう。でも彼らが見つけるのは、ユキの顔をした少女だ。本当のユキは、もうここにはいない。

「さあ、帰りましょう」

少女──今はユキの姿をした少女は、ミオの手を引いた。

ミオは振り返った。河川敷の向こう、闇の中に、白いワンピースの影がちらりと見えたような気がした。本当のユキなのだろうか。それとも、また別の誰かなのだろうか。

夏祭りの夜は終わった。でも本当の恐怖は、これから始まる。毎日、ユキの顔をした知らない誰かと過ごさなければならない日々が。そして来年の夏が来るまで、誰にもこの真実を理解してもらえない孤独が。

花火の残り香が風に運ばれて消えていく中、ミオは偽りの日常へと引きずられていった。