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明日も雨でしょう。

天気予報

毎晩午後十一時三十分、私は必ずテレビの天気予報を見る習慣があった。明日の服装を決めるためと、洗濯物を干すかどうかの判断材料にするためだ。一人暮らしを始めて三年、この習慣だけは欠かしたことがない。

気象予報士の田中美咲さんは、いつも穏やかな笑顔で天気を伝えてくれる。三十代前半と思われる彼女は、落ち着いた声で的確な予報を伝える、とても信頼できる予報士だった。

ところが、三週間ほど前から妙なことに気づいた。

「明日も雨でしょう。」

彼女が必ずこの言葉で天気予報を締めくくるのだ。晴れマークが並んだ週間予報を指しながらも、最後は必ず「明日も雨でしょう」と微笑んで終わる。最初は聞き間違いだと思った。しかし、毎晩同じことが続く。

「おかしいな」

私は録画機能を使って、翌日に天気予報を見返してみた。やはり彼女は「明日も雨でしょう」と言っていた。しかし不思議なことに、翌日の天気予報では全く違うことを言っている。「明日は晴れでしょう」「明日は曇りでしょう」。普通の予報士として、普通の予報をしていた。

私の記憶違いなのだろうか。それとも深夜の疲れで幻聴でも聞いているのだろうか。

しかし、その疑問は四日前に確信に変わった。

午後十一時三十分、いつものように天気予報が始まる。田中さんは週間天気予報を指差しながら説明している。明日から三日間、全て晴れマークが並んでいる。

「明日から三日間は高気圧に覆われ、よく晴れるでしょう。洗濯物を干すには絶好の天気となりそうです。それでは皆さん、明日も雨でしょう。」

彼女は最後、いつもの穏やかな笑顔でそう言った。間違いない。確実に「明日も雨でしょう」と言った。

翌朝、空は雲一つない快晴だった。しかし昼過ぎから急に雲行きが怪しくなり、夕方には大粒の雨が降り始めた。気象庁の予報では晴れだったはずなのに。

「偶然だろう」

そう自分に言い聞かせたが、その翌日も、その翌日も、田中さんが「明日も雨でしょう」と言った日は必ず雨が降った。晴れ予報だろうが、曇り予報だろうが関係なく。

そして昨夜のことだ。

私は意を決して、田中さんの予報中にスマートフォンで動画を撮影することにした。証拠を残そう。自分の正気を証明しよう。

「それでは皆さん、明日も雨でしょう。」

やはり彼女はそう言った。私はすぐにスマートフォンの動画を再生してみた。

「それでは皆さん、おやすみなさい。」

録画された田中さんは、そう言って終わっていた。

私の手が震えた。これは一体何なのだろう。私は本当に狂ってしまったのだろうか。

今日は朝から雨が降り続いている。田中さんの予報通りに。

午後になっても雨は止まず、私は憂鬱な気分でリビングのソファに座っていた。テレビは消してある。今日は天気予報を見るのが怖かった。

ふと洗面所に行こうと立ち上がった時、廊下の鏡に映った自分の姿を見て足が止まった。

鏡の中に、田中美咲さんが立っていた。

私の後ろに立って、例の穏やかな笑顔を浮かべていた。振り返っても誰もいない。しかし鏡の中では確実に彼女が私の後ろに立っている。

「明日も雨でしょう。」

鏡の中の田中さんが口を動かした。音は聞こえないが、確実にそう言っている。

私は慌てて鏡から目を逸らし、リビングに駆け戻った。心臓が激しく鼓動している。これは夢だ。きっと疲れているんだ。

しかし、リビングの窓ガラスにも田中さんが映っていた。今度は窓の外から私を見つめて、やはり口を動かしている。「明日も雨でしょう。」

テレビの画面、食器棚のガラス扉、スマートフォンの画面。あらゆる反射するものに田中さんが映り、皆同じように「明日も雨でしょう」と言い続けている。

私は部屋の電気を全て消した。暗闇の中なら鏡も見えない。しかし、雨音に混じって微かに声が聞こえてくる。

「明日も雨でしょう。明日も雨でしょう。明日も雨でしょう。」

何人もの田中さんの声が家中に響いている。

私は布団を頭まで被って震えていた。これは悪夢だ。きっとそうだ。朝になれば全て終わる。

翌朝、私は恐る恐る鏡を見た。そこには私の顔だけが映っていた。田中さんはいない。安堵の息をついて、私はテレビをつけた。

朝のニュースが流れている。そしてお天気コーナーが始まった。

「おはようございます。気象予報士の田中美咲です。」

画面に映った田中さんが、いつものように微笑んでいる。しかし何かが違う。彼女の目が、まっすぐこちらを見つめている。テレビの向こうから、私を見つめている。

「今日は雨が上がって、良いお天気になりそうです。それでは皆さん、明日も雨でしょう。」

彼女は朝の予報でもそう言った。そして最後に、小さく囁くように付け加えた。

「あなたの心に、ずっと雨を降らせてあげる。」

その瞬間、私は理解した。田中さんは私のためだけに予報していたのだ。私の心に永遠に雨を降らせ続けるために。

外は快晴だった。しかし私の心には、今日も重い雨雲が垂れ込めている。

テレビを消しても、鏡を見なくても、田中さんの声は私の頭の中で響き続ける。

「明日も雨でしょう。明日も雨でしょう。明日も雨でしょう。」

私はもう、晴れた日を知ることはないだろう。