夕暮れの公園で、ハルキとマナは最後のかくれんぼをしていた。
「もういーかい?」
ハルキの声が、薄暗くなった公園に響く。返事はない。いつものように、マナは最高の隠れ場所を見つけたのだろう。ハルキは苦笑いを浮かべながら、公園の遊具を一つずつ調べて回った。
滑り台の下、ブランコの陰、砂場の縁。どこにもマナの姿はない。
「マナー、もう暗くなっちゃうよー」
ハルキは声を張り上げた。しかし、公園に響くのは遠くの車の音と、風で揺れる木々のざわめきだけだった。
公園の奥へと足を向ける。そこには昔からある大きな岩が点在していた。子供たちの間では「恐竜の卵」と呼ばれている、人の背丈ほどもある灰色の岩だった。
「きっとあそこだ」
ハルキは確信していた。マナはいつも、誰も思いつかないような場所に隠れるのが得意だった。
最初の岩を調べた。何もない。二つ目の岩の周りを回る。やはり何もない。
そして三つ目の岩、一番大きな岩の裏側に回り込んだ時だった。
「マナ?」
そこには確かに、マナの黄色いワンピースの裾が見えていた。しかし、マナは動かない。
「マナ、見つけた!」
ハルキは勢いよく岩の陰に飛び込んだ。だが、そこにいたのは──
何もなかった。
黄色いワンピースも、マナの姿も、何もない。ただ、冷たい岩肌があるだけだった。
「え?」
ハルキは混乱した。確かに見えたのに。確かに、マナの服が見えていたのに。
「マナー! マナー!」
ハルキは公園中を駆け回った。しかし、マナの姿はどこにもなかった。
家に帰ると、マナの母親から電話があった。
「マナ、まだ帰ってきてないのよ。ハルキくんと一緒じゃなかったの?」
ハルキは震え声で答えた。
「か、かくれんぼしてて、でも、見つからなくて…」
その夜、大人たちが総出で公園を探したが、マナは見つからなかった。警察も呼ばれ、公園は騒然となった。しかし、マナの手がかりは何一つ見つからなかった。
それから一週間が過ぎた。
ハルキは毎日、公園に通った。マナを探すためではない。もう諦めていた。ただ、なぜか足が向いてしまうのだった。
そして、いつものように奥の岩の前に立った時、ハルキは気づいた。
一番大きな岩の表面に、うっすらと人の顔のような模様が浮き出ていることに。
最初は気のせいだと思った。岩の表面の凹凸が、たまたま顔に見えるだけだと。
しかし、日が経つにつれて、その「顔」ははっきりしてきた。
目の部分、鼻の部分、口の部分。そして──
「マナ…?」
その顔は、間違いなくマナのものだった。
ハルキは慌てて家に帰り、両親に話した。しかし、信じてもらえなかった。
「疲れてるのよ。マナちゃんのことが心配で、幻を見てるの」
母親はそう言って、ハルキの頭を撫でた。
翌日、ハルキは友達を連れて公園に行った。
「ほら、あそこ」
ハルキは岩を指差した。
「どこ? 何も見えないよ」
友達は首を振った。
「え? ほら、マナの顔が…」
しかし、友達には何も見えていなかった。
それから毎日、ハルキは岩の前に立った。マナの顔は日に日にはっきりしてきた。そして、時々、その顔が悲しそうに見えることがあった。
「マナ、どうしたの? どこにいるの?」
ハルキは岩に向かって話しかけた。しかし、岩が答えることはなかった。
ある日の夕方、ハルキが岩の前で立ち尽くしていると、後ろから声をかけられた。
「君も見えるのかい?」
振り返ると、白髪の老人が立っていた。
「え?」
「その岩の顔だよ。昔から時々、現れるんだ」
老人は岩を見つめながら続けた。
「私が子供の頃、やはり友達がここで行方不明になった。それから、その子の顔が岩に現れるようになったんだ」
ハルキは息を呑んだ。
「で、でも、マナは一週間前に…」
「時間は関係ないんだよ。この岩は、昔から子供たちを呼ぶんだ」
老人の声は低く、恐ろしかった。
「呼ぶって?」
「かくれんぼをしている子供たちを、岩の中に引きずり込むんだ。そして、その子の顔を岩に刻み込む」
ハルキは震え上がった。
「そんな…」
「君の友達も、きっと岩の中にいる。他の子供たちと一緒に」
老人は岩の表面を指差した。
「よく見てごらん。マナちゃんの顔だけじゃない。他にも、たくさんの子供の顔が見えるはずだ」
ハルキは岩を見つめた。最初はマナの顔しか見えなかったが、目を凝らすと、確かに他の顔も見えてきた。
古そうな顔、新しそうな顔。男の子も女の子も。みんな、悲しそうな表情を浮かべていた。
「この岩は、何十年も前からここにある。そして、何十年も前から、子供たちを食べ続けているんだ」
老人の言葉に、ハルキは恐怖で立ち尽くした。
「で、でも、どうして僕には見えるの?」
「君がマナちゃんのことを本当に心配しているからだよ。愛する人を失った者にだけ、岩の本当の姿が見えるんだ」
老人は振り返った。
「私にも見えている。60年前に失った友達の顔が」
その時、岩の表面がかすかに光った。そして、マナの顔が動いているように見えた。
唇が動いて、何かを言おうとしている。
「たす…けて…」
ハルキには、マナの声が聞こえた。
「マナ!」
ハルキは岩に駆け寄った。
「だめだ! 近づくな!」
老人が叫んだが、遅かった。
ハルキが岩に触れた瞬間、岩は温かく、やわらかく感じられた。まるで人の肌のように。
そして、ハルキは岩の中に吸い込まれていった。
最後に見えたのは、老人の驚いた顔だった。
翌日、老人は警察に通報した。しかし、ハルキの姿は見つからなかった。
そして一週間後、老人が公園を訪れると、岩の表面に新しい顔が現れていた。
ハルキの顔だった。
マナの顔の隣で、同じように悲しそうな表情を浮かべていた。
老人は岩を見つめながら、つぶやいた。
「また一人…」
公園の奥で、大きな岩は今日も静かに立っている。
そして、時々、近くを通る人が岩の表面を見つめて首をかしげる。
「あれ? 何か顔に見えない?」
しかし、ほとんどの人は気のせいだと思って通り過ぎてしまう。
岩の中では、マナとハルキが、他の子供たちと一緒に、永遠にかくれんぼを続けている。
誰かが自分たちを見つけてくれることを願いながら。
そして、新しい仲間が来ることを、恐れながら。
公園の岩は、今日も静かに、次の獲物を待っている。