怖い話– category –
投稿まとめ
-
お客さん、もう降りてますよ?
深夜の東京。雨が降り始めていた。 俺は12時間目の運転の最中だった。このご時世、タクシー業界も厳しい。ダブルシフトを引き受け、明け方まで走るのは珍しくない。今夜も例外じゃなかった。 「あと一本だけ拾って帰ろう」 時計は午前2時15分を指していた... -
退院したはずの人
私は都内の大きな総合病院で夜勤の看護師として働いて5年目になる。病院の夜は独特の静けさがある。昼間は忙しく動き回る医師や看護師たちも少なくなり、面会客もいなくなる。そんな静寂の中、時折聞こえる患者さんの咳や寝返りの音が、妙に鮮明に響く。 ... -
売店の女
残業続きの月曜日、終電間際に滑り込んだ地下鉄はガラガラだった。私、佐藤雄一は人の少ない最後尾の車両に座り、スマホを眺めながら十五分ほどの帰路に就いた。 疲れ切った頭で会社のトラブルを反芻していると、あっという間に降車駅に到着してしまった。... -
試供品のヘッドホン
電子機器の展示コーナーに立ち、私は何度目かの深呼吸をした。冷房の効いた空気が肺に入ると、緊張が少しだけ和らいだ。 「大丈夫ですか、鈴木さん?」 振り返ると、石田課長が心配そうな顔で私を見ていた。エスカレーターを降りてきた客がチラチラと私た... -
薬品棚の奥
夏休み前の放課後、理科室の掃除当番だった僕は、窓から差し込む夕日に照らされた薬品棚の埃を拭いていた。理科教師の浅野先生は早めに帰ったらしく、教室には僕一人だけが残されていた。 「あと少しで終わりだ」 そう思いながら薬品棚の各段を丁寧に拭い... -
後ろを振り向いたら負け
雨上がりの山道は、足元が滑りやすく神経を使う。私たち四人は足を取られないよう慎重に下山していた。標高1800メートルの山頂からの帰り道、疲労と達成感が入り混じる心地よい疲れが体を包んでいた。 「もう少しで林道に出るはずだよな」と前を歩く友人の... -
誰かが入れたコーヒー
週の真ん中だというのに、僕の仕事は終わりそうになかった。デザイナーとして働き始めて5年目になるが、今回のクライアントは特に難しい。何度修正しても「なんか違う」の一言で突き返される。締め切りは明日の午前中。もう深夜の1時を回っているというの... -
エレベーターの9階ボタン
その会社に入社して半年が経っていた。名前は鈴木貴之。28歳。IT関連の中小企業で、システムエンジニアとして働いている。会社のビルは8階建てで、うちの会社は5階から8階までを借りていた。 入社当初から気になっていたことがあった。社内には「深夜残業... -
繰り返す「駅メロ」
夜の帳が降りた東京の郊外、粟飯原駅は人気がなかった。最終電車が過ぎ去り、プラットフォームには私一人だけが立っていた。 「もう帰らないと」 そう呟いたその時、懐かしい旋律が耳に飛び込んできた。駅メロディ。一日に何度も流れる単なる合図のはずな... -
試着室の中
春野雪は「ミュゼ」という小さなセレクトショップで働きはじめて3ヶ月が経っていた。駅から少し離れた路地裏にある店は、客足は多くないが、センスの良い店長が選ぶ洋服は根強いファンがついていた。 その日は平日の午後、客はまばらだった。窓から差し込...