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誰かが入れたコーヒー
週の真ん中だというのに、僕の仕事は終わりそうになかった。デザイナーとして働き始めて5年目になるが、今回のクライアントは特に難しい。何度修正しても「なんか違う」の一言で突き返される。締め切りは明日の午前中。もう深夜の1時を回っているというの... -
エレベーターの9階ボタン
その会社に入社して半年が経っていた。名前は鈴木貴之。28歳。IT関連の中小企業で、システムエンジニアとして働いている。会社のビルは8階建てで、うちの会社は5階から8階までを借りていた。 入社当初から気になっていたことがあった。社内には「深夜残業... -
繰り返す「駅メロ」
夜の帳が降りた東京の郊外、粟飯原駅は人気がなかった。最終電車が過ぎ去り、プラットフォームには私一人だけが立っていた。 「もう帰らないと」 そう呟いたその時、懐かしい旋律が耳に飛び込んできた。駅メロディ。一日に何度も流れる単なる合図のはずな... -
試着室の中
春野雪は「ミュゼ」という小さなセレクトショップで働きはじめて3ヶ月が経っていた。駅から少し離れた路地裏にある店は、客足は多くないが、センスの良い店長が選ぶ洋服は根強いファンがついていた。 その日は平日の午後、客はまばらだった。窓から差し込... -
押し入れの音
私の部屋の押し入れから、最初に音が聞こえ始めたのは、引っ越してきてちょうど一週間が経った頃だった。 カサカサ。カサカサ。 何かが動く、微かな音。深夜、静寂に包まれた部屋の中で、その音だけが耳に残る。最初は気のせいかと思った。古いアパートだ... -
バス停にいる女の子
雨の音が、夜のアスファルトを叩く。六月の梅雨時期、帰宅途中の会社員・田中清は、いつもの帰り道でバスを待っていた。夜勤明けの疲れた体に、冷たい雨粒が容赦なく降り注ぐ。傘を持っていたものの、強い風に煽られ、半身は既に濡れていた。 時刻は午前0... -
ナースコールが鳴る部屋
東京郊外の総合病院で夜勤の看護師として働く私、佐藤美咲は、この仕事を始めて3年になる。夜勤は大変だが、静かな時間帯に仕事をすることに慣れてきた。しかし、あの夜から私の日常は少しずつ歪み始めた。 その日は9月の肌寒い夜だった。午後11時を過ぎる... -
深夜の鏡面通話
私の名前は直樹。普通の大学生だ。アルバイトと学業の両立でいつも忙しい毎日を送っている。この話は、一週間前の深夜に起きた、今でも理解できない出来事についてだ。 その日は特に遅くまで課題に取り組んでいた。時計を見ると午前2時37分。もう限界だと... -
見えない来客
私が一人暮らしを始めたのは三月のことだった。東京郊外のマンションは築15年ほどだが、リフォーム済みで家賃も手頃だった。職場にも近いし、これ以上の物件は望めないと思った。 引っ越して最初の一週間は何もなかった。平凡で静かな日々。それがいつから... -
微動
最初に気づいたのは三週間前のことだ。 毎朝、同じ時間に家を出て、同じ電車に乗り、同じ駅で降りて、会社まで歩く。そんな日々を五年続けてきた僕の生活に、ある日、小さな違和感が忍び込んだ。 駅前の駐輪場に停めてある僕の青い自転車が、いつもの位置...